若者が爆発的に増えると、なぜ国や社会は「甚大な危機」に陥るのか

<道徳感情>で激動の世界を読み解く【3】
管賀 江留郎 プロフィール

先進国で起きた若者たちの反逆

空港乱射をやった三人は大学生でした。

国内で暴れていたのもほとんどは大学生。現代の日本では大学に行ったくらいでエリートだなんてあまり思わないでしょうけど、当時はまだまだそういう意識があった時代です。

しかも、いまの若者の2倍の人数で、入学できるのはいまの半分という狭き門。高校受験も含めて激烈な競争をやらされて勝ち上がったんですから、なおさらです。

ところが、大学の数が少なくて入学定員はいまの3分の1しかなく、そこにいまの半分の学生を無理やり押し込んだんですからぎゅうぎゅう詰め。現在の大学でさえ、一部の定員割れの学校を除くと全員が登校したら席が足りないと云われていますから、当時は満員電車並のひどさだったことが判ります。

とても競争を勝ち抜いたエリートなんてあつかいではありませんでした。この調子では卒業してもエリートにふさわしい地位を得ることができないのではと、不満が爆発したのが学園紛争であり、テロや暴力です。

一部の頭のいい者は、何故か極めて難解な抽象理論に飛びついて大規模な暴力を繰り広げることになりました。この連載でたびたび取り上げている、アダム・スミスの『道徳感情論』に出てくる<システムの人>そのものです。

人類は生存率を上げるため、言葉による<評判>を媒介とした協力関係システム<間接互恵性>を進化の過程で身に着けました。

そのために良きことをした者には報酬を、悪しきことをした者には罰を与えたいという欲求が昂じ、誰がそれをやったのかを探るために、因果に異様にこだわるようになります。

その人間の性質が、<道徳感情>を強く刺激されると増幅されて、幾何学的に美しい図式的因果である物語に取り憑かれて大混乱を巻き起こしてしまうわけです。

さらに、<システムの人>になって幾何学的で美しく高邁なる計画に取り憑かれると恐怖を克服してしまうことによりサイコパス化し、他者への共感を失いどんな残虐な行為もできるようにもなってしまうのです。

1968年前後に先進国で吹き荒れた若者たちの反逆は、幻想による<道徳感情>の爆発だったところにも大きな特徴がありました。スミスが<システムの人>だと非難したフランス革命には、まだしも格差の拡大という確固たる原因がありました。

ところが、1968年当時の欧米や日本は経済が極めて良く、史上最も格差が無くなった時代だったのです。

ここに、国の許認可をもとに硬直的な計画を立てて運営される大学という要素が加わるとどうなったでしょうか。

まさしく大学こそは、正確に云うと国家の大学行政こそは、スミスが語る、自分では非常に賢明なつもりでチェス盤の駒を自在に動かすが如き華麗なる統治計画を立てる<システムの人>そのものでした。

机上の計画は破綻し、若者人口の急激な増加に対処できず、人為的で不必要なプチフランス革命とも云うべき大混乱を引き起こすことになったのです。

しかし、オフィスを自前で建てたりせず、事業内容も自在に変転させ、市場環境に適応するため柔軟に数や大きさを増減させる企業は、経済成長に合せて大量の若者をすべて吸収し、さらには大卒エリートにふさわしい地位と待遇まで与えてしまったのでした。あれほど荒れ狂った大学生たちはたちまち満足し、数年で嘘のように混乱は収まりました。

ちなみに、8年前の60年安保のころは団塊の世代ほど若者の数は多くなかったのですが、年寄りも少なかったためユースバルジの割合はほぼ同じでした。

ですから、政府の強引なやり方への<道徳感情>反発とナショナリズムの昂揚で大規模な騒動が起きたのです。

しかし、やはり経済が良かったため、岸首相の退陣だけで<道徳感情>は満たされ、あれだけの大混乱があっさりと沈静化してしまいました。

こんな激変についていけなかった極少数の者だけが、満足してしまった同世代との格差によって<道徳感情>の爆発は実態を持ち、ますます幾何学的な計画に取り憑かれて過激なテロをエスカレートするようになります。それも、やがては自滅し、あるいは彼らが歳を取るとともに消滅していきました。

ヨーロッパでも日本でも、ユースバルジと大学行政の失敗とともにまったく同じ現象が起きて、まったく同じように終息したのです。

アメリカでは大義のよく判らないベトナム戦争への徴兵という切実な問題がありましたが、実際にはベトナムに派兵されたのは若者の1割で、その中でも大卒はかなり少数でした。

ともあれ、大学内だけの人為的な不満で、経済が良かったために社会全体には広がらなかったことが、一時的な混乱に収まった要因でした。

またそのために政府はあくまで盤石で、学生数千人が新宿駅を占拠して放火したり、丸の内に爆弾を仕掛けて400人近くを殺傷したりなどなど、その程度の暴力は力で抑えつけられたこともあります。

そこで、国外に脱出して、縁もゆかりもなかったアラブとの共闘を謀って何故かイスラエルで大量虐殺をする者も出てきたわけです。どこで誰を殺してもそれは世界革命につながるはずだという、頭の中でできあがった幾何学的な因果の理屈ではあるのですが。