日本の歴史を変えたあの「豪商たち」の子孫はいま

『直虎』に出てくる瀬戸方久の末裔も登場!
週刊現代 プロフィール

高杉晋作に夢を託して

福岡と関門海峡を挟んだ地、下関にも歴史に名を刻んだ豪商がいた。坂本龍馬ら幕末の志士のスポンサーとして、司馬遼太郎『竜馬がゆく』などの歴史小説にたびたび登場する白石正一郎だ。

廻船問屋・小倉屋を営んでいた白石正一郎は、他の豪商たちと違い、一代でその財を遣い尽くした。下関市で弁護士事務所を開業する、子孫の白石資朗氏が言う。

「残された資産はまったくありません。明治に入った頃には、白石家には、もう資産といえる資産はなかったと思います。

正一郎は幕末の官僚機構の不合理さが納得できなかったのでしょう。長州藩支藩の領地にあった交通の要衝・下関で廻船問屋を営んでいたので、各地の情報はいち早く掴んでいる。

しかし自分の商機を本藩の御用商人に潰されたりして悔しい思いもしました。おかしいものはおかしいと考え主張し、自らの力が及ばない時には、力がある人を支援した。とりわけ高杉晋作との出会いが大きかったと思います。

高杉が長州藩の主流派をひっくり返して薩長同盟を結び、新しい時代に向けて進んで行く姿を見て、正一郎も高杉が自分の理想を実現してくれると思ったのでしょう。

正一郎の日記には、西郷隆盛や久坂玄瑞を始めとして400人もの歴史上の人物が出てきますが、本人は特に富や名声を求めるではなく、最後は赤間神宮の宮司として生涯を終えました。

一言で言うと、自分が行うべきと考えたことはできる範囲でやり、驕り高ぶることもなく謙虚に生きた人だったと思います」

白石さんは子供の頃、長州が舞台の大河ドラマ『花神』を「今日はご先祖さまが出てくるだろうか」と家族で話し合いながら楽しみに見ていたという。

「家には家訓が残っている訳でもありませんが、父からは白石正一郎という人の生き方を学んで、自分の頭で考えなさいと伝えられたのだと思っています」

豪商の子孫と言われる人たちを取材してみると、「先祖の遺産」で裕福に暮らしている人は、じつは意外に少ないことがわかる。

前出・茶屋四郎次郎子孫の中島さんは、「豪商といわれている人たちは、戦国武将などと比べて、ほとんど普通の人たちだと思います」という。

うつろいやすい金銭を頼りに家を繋いでいくことの難しさを、彼らは体現しているのかもしれない。

 

「週刊現代」2017年6月24日号より