ボクシングファンは、村田諒太の「ゴロフキン戦」が観てみたい

「キラー村田」を見せてほしい
近藤 隆夫 プロフィール

畳みかけようとはしない。教科書通りのやり方を貫き、競技者であり続けようとしていた。両腕でしっかりと顔面をガードして前進、相手にプレッシャーを与えながら右ストレートを放つ。このやり方を、KOできるチャンスであっても機械の如く繰り返したのだ。
 
歯痒かった。五輪金メダリストである「アスリート村田」は、「キラー村田」にはなれなかった。

ダウンを奪ったのは4ラウンドである。試合は12ラウンドまで続く。もし、ここでラッシュをかけて、それでも倒せずスタミナを消耗してしまったならファイトプランが狂い、敗北につながるかもしれない。そのことを村田は恐れたのだ。あの時、4ラウンド、5ラウンドに猛ラッシュをかける勇気が彼にあれば、勝者になっていただろう。

 

コンプリートなファイターではなかった

試合後に勝者となったエンダムは言った。「やはり、ムラタはコンプリートなファイターではなかった」と。
 
この言葉の意味は、よくわかる。4ラウンドに倒された後、畳みかけられていたならば、自分は最後まで立っていることができなかった、とエンダムは自覚しているのだ。
 
畳みかけられることが一番怖かった。でも、村田は、そうしてこない。だから、エンダムは手数の多さで誤魔化しながら最終ラウンドまで闘うことができたのである。「本能のままに動かず、スタミナ切れを恐れる勇気のなさ」=「コンプリートなファイターではない」ということなのだろう。
 
6月8日、村田は再起を表明した。WBAはエンダムと村田の再戦を指示している。
 
でも、それを観たいとは思わない。エンダムは世界のベルトを腰に巻いてはいるが、「ミドル級最強の男」ではない。プロボクシング世界ミドル級最強の男は、言うまでもなくWBA世界スーパー王者であり、WBC、IBFのベルトも保持しているゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)である。帝拳ジムの力があれば、「ゴロフキンvs.村田」のマッチメークは可能だろう。
 
最強の男に挑んでこそ、村田は輝けると思う。ベルトよりも高き志を。「アスリート村田」ではなく、「キラー村田」を見せて欲しい。