北朝鮮が核ICBM保有すれば、日米安保は瞬時に崩壊する

核の傘、無くなったらどうする…?
李 英和 プロフィール

中国の圧力には限界がある

実際、中国は戦争の危機回避を大義名分に掲げて「対話による解決策」を盛んに唱える。その内実はパキスタン方式に近い。北朝鮮がとりあえずICBM開発を中断する代わりに、大規模な米韓合同軍事演習を中止するというものだ。

ただし、その行く先には何の見通しもない。詰まるところは現状維持の妥協案だ。北朝鮮が現在保有する核弾頭(20発程度)と短・中距離弾道ミサイルは容認されることになる。日米韓が期待を寄せる中国の経済制裁強化は、この線で北朝鮮を説得する水準に止まるものだ。

確かに、中朝関係には異変が起きている。互いに名指しで批判合戦を繰り広げるのは異例だし、北朝鮮が北京に核ミサイルの照準を合わせるのも尋常ではない。そうなれば、当然のことながら、中国も平壌に核ミサイルの照準を合わせる。双方が核ミサイルを向け合う事態は、とても「血盟関係」(軍事同盟)と呼べるものではない。

 

だからといって、中国の安全保障環境が制御不能なほど激変するわけではない。中国はアメリカとの対立を抱え、軍事紛争を経験した核保有国のロシアやインドと国境を接する。そこに北朝鮮の数発の核ミサイルが付け加わっても大差ない。何よりも中国自身が強大な核抑止力を有するからだ。

核武装した仮想敵の北朝鮮と友好関係を維持することで、中国は自国の安全保障を管理できる。むしろ、中国が石油や食糧を止めて金正恩政権を自壊に追い込むのは、かなり危険な賭けとなる。それでも、中国企業への「二次制裁」(第三国制裁)をちらつかせ、トランプ政権は中国を制裁強化に追い込む。だが、この戦法には限界と問題がある。

中国は日米韓に梯子を外されていた

中国はかつて、誰に言われるまでもなく、北朝鮮の核開発阻止に向けて強力な独自制裁を発動した経験がある。北朝鮮がパキスタンで原爆の代理実験をする以前、北朝鮮の核ミサイルが北京を照準化する前の話である。

中国は北朝鮮が91年から秘密の核開発計画を進めている事実をいち早く察知した。そこで江沢民政権は92年に食糧と石油の対北援助を電撃的に停止した。この経済制裁で北朝鮮経済が完全に麻痺し、94年から大飢饉に見舞われる。国民の10人に1人とされる飢死者を出し、40万人ともされる難民が中国になだれ込んだ。

「経済制裁は戦争よりも酷い」「経済制裁をするぐらいなら、いっそ戦争をするほうがましだ」――。このような主張を裏書きして、北朝鮮の社会的弱者ばかりをなぎ倒した。「平和」や「人道」とはかけ離れた光景が繰り広げられた。それでも中国は制裁の手を緩めなかったが、北朝鮮の独裁者の意志を挫くことはできなかった。

このぎりぎりとした持久戦の最中に、アメリカ政府は、日韓両国を引き入れ、北朝鮮に重油と軽水炉を提供する「94年米朝枠組合意」を結んだ。さらに98年には、韓国で「太陽政策」を掲げる親北左派政権が誕生、韓国政府は大規模な対北経済支援に乗り出した。これを追いかけて、日本政府は日朝国交正常化に動き出した。

中国はすっかり梯子を外された。その結果、中国は次善の策として独自制裁に終止符を打ち、2000年には対北経済支援に逆戻りした。中国は核武装した手強い北朝鮮との平和共存の道を選んだ。

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