ヒトの顔には表情があるのに、魚にはなぜまったく表情がないのか?

解剖学者が真剣に考えた!
山科 正平 プロフィール

ヤツメウナギから通常目にする魚に進化する段階で、もっとも目に近いところにあるエラは下顎の成分に変遷していくため、パクパクと口を動かすことができるようになる。

そのため、このエラの運動に携わっていた筋肉は下顎を引き上げる筋、つまり、ものを噛む運動を営む咀しゃく筋として活躍している。

咀しゃく筋は我々ヒトにも立派に引き継がれていて、耳の直ぐ上のこめかみに指をあてて歯をぐっと食いしばると、その都度、ぴくぴくする筋を触知できるだろう。

それで“こめかみ”という言葉の意味も分かってくる。これが咀しゃく筋の一つである側頭筋と呼ばれるものだ。

同様に歯を食いしばって、頬の下の方に指を当てると大きな筋肉の塊を触知できるだろう。

これは咬筋という、咀しゃく運動にかかわる筋肉である。

その他、外からは触知できないもう二つの筋があって、下顎を前に突き出したり、左右に振る運動、つまり食物をすりつぶす運動にかかわっている。

 

笑う魚は窒息する

ヤツメの時代に2番目のエラ孔を開閉させていた筋肉はそのまま魚類にも引き継がれるが、さらに肺を発達させて陸上で空気呼吸をするようになると、エラの筋肉は顔面の皮下に分散して、これがここで問題にしている表情筋に変貌を遂げるようになる。

この筋肉群は顔面でも特に眼窩、口、耳介の周辺に集中的に分散するのだが、哺乳類の中でもネズミなどの下等なものではこの筋群は顔面に大きな拡がりとして分布しているため、目や口の開閉などしかできず、まだ表情を作るところまでは行っていない。

それでも鼻をクンクンと動かしたり、耳を動かすことができるようになる。

サルなどのように哺乳類でも次第に高等になるにつれ、眉をしかめたり、歯をむき出しにする怒りの表情などを見せるようになる。

【PHOTO】iStock

むろんヒトになると、感情の機微を自在に顔の表情として表出できるよう、極限にまで発展している。

その一方で、いずれは表情筋になる成分を呼吸運動に限定して利用している魚たちは、決して表情を見せることができない。

ましてや口をすぼめてキスをするような所作は、陸に上がった哺乳類の際だった特徴となっている。

その様なわけで、魚が笑うためには窒息死を覚悟しなければならない。

むろん3番目以降のエラの成分も我々の頸部で舌骨や喉頭の要素に変貌を遂げて、嚥下運動や発声運動に関わりを持つようになっている。

発声運動も表情と共に心の内面を外に向けて発信する仕組みであるが、ここでは深入りは避けたい。

いずれにしても、生物では“いらなくなったから無造作に捨てる”のではなく、不要なものをリフォームして、もっと大きな機能を与えて活用するのが進化の常套手段で、こうした知恵に支えられて生物は綿々と進化を遂げることができたというわけだ。

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