ヒトの顔には表情があるのに、魚にはなぜまったく表情がないのか?

解剖学者が真剣に考えた!
山科 正平 プロフィール

たとえば上腕で力こぶを作る筋肉の運動にかかわる神経細胞はまとまって集団を作っているし、その隣には手首を曲げる筋群を支配する神経細胞が居を構えているというわけだ。下の図はその様子を漫画的に示したペンフィールドの図として名高いものだ。

これによると顔面と5指を含めた手の筋肉の運動を起こす神経細胞群は、全身の筋肉を支配する神経細胞の示す領域の約3分の2をも占めている。

そのため、指先と同様、顔面の表情筋はそれほど沢山の神経細胞により微妙な調節を受けていることがわかる。心の動きが繊細な表情となって瞬時に表象されてくるのも素直に納得できる。

 

表情筋はこうして生まれたのか

ついでながら、全身の皮膚感覚を受容する神経細胞の大脳皮質における拡がりについても、ペンフィールドは運動野の場合と同様な描画を行っている。

大脳皮質に描出された小さなヒト(ペンフィールドとラスムッセン1950より)

大脳皮質運動野に位置する全身の運動を支配する神経細胞を領域毎に描記すると、顔の表情筋や手の筋肉を支配する神経細胞が全領域の約3分の2を占有し、これらの筋肉が特に微妙な運動ができることを示している。左図:大脳皮質の感覚受容野で皮膚感覚を受け止める神経細胞を領域毎に描記すると、顔でも特に口の周りと舌および指先からの感覚を受容する神経細胞が大きな面積を占めていて、これらの領域が特に敏感であることが分かる。

それによると、顔面、特に口の周りと手の5本の指、それに舌からの感覚を受け取る神経細胞が特に広い領域を占めていることがわかる。

指先の高感度の感覚受容もさることながら、舌を含めた口の周辺がどれだけ敏感に皮膚感覚を受け止めているかが分かる。

これは日常生活でも納得できるはずだ。

それでは水槽の中を泳ぐ魚たちの表情筋はどうなっているのであろうか? 一言で言えば、魚には表情筋がないのである。

表情筋がないから表情がない。

となると、魚からヒトが進化してくるどの段階で、どのようにして表情筋が生まれてきたのか、興味がそそられる。

前時代の遺物をどう精算するか

水中で生活する魚は小さなプランクトンなどのエサになるものを水と共に飲み込んで、飲み込んだ水をエラ孔を通じて外に吐き出している。

この時、エラは水中の酸素を取り入れてそれを血液の中に送り、逆に血液の二酸化炭素を外界に吐き出している。

つまり、エラは呼吸器官として活躍しているわけだ。

魚の原初型であるヤツメウナギという生き物では、目の後方にこの孔が7個開いているので、あたかも目が8個あるように見えるというのがその名前の生い立ちである。

【PHOTO】iStock

口から取り込んだ水を吐き出すにあたり、エラ孔を開閉する必要があり、この運動のために骨格筋を発達させているという事実がある。

ところが魚の段階から水陸両用の生活が可能な両生類の段階を経て、陸に上がって大気中で生活するようになるに伴い、生き物たちはエラよりも換気効率のもっと優れた肺を発達させるようになる。

というよりは、肺が発達したから陸上生活が可能になって、地球上を闊歩する生物群へと進化できたわけだ。

かくして、肺が発達するならエラはもう用のない、過去の時代の遺物に成り下がってしまうことは自明である。

生物の進化にあたり、前時代の遺物をどのように精算するかは極めて興味深いテーマとなる。

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