北との統一にしか希望を抱けない、韓国の極度な経済閉塞感

「反日」とか、そういうレベルではなく
深川 由起子 プロフィール

どうしようなく高まる経済的・社会的閉塞感

朴槿恵政権の不幸は、1つには前政権の「キャッチアップ終了」宣言が2つの点で裏目に出たことであった。

1つはいわゆるアベノミクスによる日本の「6高」是正と、李明博政権同様の製造業育成を遥かに大きなスケールで展開できる中国のキャッチアップに挟撃され、韓国産業の「躍進」に持続性がなかったことである。2015年から16年にかけては造船、海運のみならず石油化学や鉄鋼などにも構造調整懸念が広がっていた。

さらに重要な、もう1つの点は、無理な経済運営で構造問題が積み上がり、民族主義の高揚とは裏腹に、中産層以下の生活実感はむしろ苦しくなったことである。

李明博政権ではそれでも成長が続いたため、不満は抑え込めた。しかし2012年以降は世界貿易の成長鈍化(slow trade)を強く受けて、実質経済成長率が潜在成長率の3%を越えたのは2014年の1度きりとなり、2%台の成長が常態化した。

 

生活実感の厳しさは主として雇用不安と不動産の高騰、福祉や分配政策の不足、そしてそれらの結果としての家計債務の積み上がりや内需不振などに依拠し、経済的・社会的閉塞感は急速に増してきた。

まず、2002年以来、韓国の失業率は3%台に過ぎないが、正規・非正規職間の賃金格差や労働時間の長さ、同一職場に留まれる職の安定性、さらには引退後も働く年数など、ほとんどの労働指標でOECD加盟国中、最低の水準にある。特に青年層の就業は厳しく、朴政権弾劾を要求するロウソク・デモが始まった2016年11月の失業率は8.9%と、過去13年で最高のレベルに達していた。

雇用不安は優れて構造的である。通貨危機で大量の整理解雇を経験した韓国では、その後も業績悪化の度に雇用調整が図られるようになり、同一職場での勤続年数が大きく低下した。この解雇リスクのプレミアムや反発する労働組合の要求などで大企業を中心に、正規職の賃金は急上昇して非正規職との格差が拡大した。

図1はOECD統計によって日韓の製造業における時間当たりの実質労働生産性と労働コスト(ドル建て)を示す。いまだ日本との生産性に格差があるのに比べ、すでに労働コストでは完全に韓国は日本に追い付いている。労働コスト増に悩む大企業は下請け企業や取引先中小企業へのシワ寄せを図り、大企業と非正規職の多い中小企業間の賃金格差はさらに拡大した。

図1 日韓の製造業における生産性と労働コスト推移(OECD統計より筆者作成)

限られた大企業正規職をめぐる競争は大学進学率を急上昇させ、大卒の労働需給不均衡との間で悪循環が形成された。教育費の増大が家計負担となる一方、学歴の標準化を受けて就業にはしばしば親などによるコネがモノをいうようになり、不公平感には拍車がかかった。

雇用は不安定、負債は増加

一方、不動産の高騰も資産効果を通じた格差感を助長した。ソウル圏の住宅(マンション)売買価格指数(2015年6月を100)をみると、2006年1月の72.6が2008年9月には106.3のピークを付ける暴騰が起きた後、住宅融資規制の強化に伴い2013年9月の93.7まで穏やかに下落を続けた。しかしながら、利下げにもかかわらず景気を好転させられなかった朴政権は2014年には再び規制緩和で不動産や建設市場活性化に依存するようになり、2017年5月には105.4と、ほぼピーク時を回復する上昇ぶりが続いている。

韓国では1997年の通貨危機後、企業の構造調整と共に銀行融資が住宅ローンなどのリテールに大きくシフトし、不動産価格の上昇が経済回復を強く牽引した。このため、2008年以降の穏やかな下落の下でも「不動産不敗」神話は続いた。住宅担保貸出や商業用不動産への投資を含む家計債務残高は2013年末に1000兆ウォン(1円=約10ウォン)を突破したが、2017年3月末には1360兆ウォンと、GDPの90%を越える規模に膨れ上がった。

韓国銀行の家計金融福祉調査(2016年3月末基準)は所得の上位40%が金融負債の6~7割を占め、かつ雇用が比較的安定した30~40代が中心であるため、不動産価格が一定程度、下落しても大きな問題は発生しない、と結論付け、政府はまだこうした立場をとっている。

しかしながら、図2が示すように、可処分所得の伸び率に比して、家計負債の伸びが大きいのは事実で、今後とも大企業の構造調整が本格化した際の懸念は残る。また、韓国の住宅ローンは6割が変動金利で、当初は返済負担の少ない、いわゆる「ゆとりローン」型の返済切り替わり時期が2019年に多いことから、米国利上げの影響も指摘されている。

図2 韓国の家計負債と可処分所得動向(増加率は左軸、比率は右軸、単位:%。韓国銀行「金融安定報告書」2016年末版より作成)

社会的には低所得、低信用、あるいは多重債務を抱えて銀行融資を受けられなくなった家計が銀行より金利がより高いノンバンク融資に依存していること、家計債務には住宅ローン以外で生計のための債務が増加していることが看過できない。

自営業者への貸出(2016年末で480兆ウォン)のうち、家計債務は171兆ウォンに過ぎないが、自営業では事業と家計の債務区別が付きにくい面があることも注意材料だ。自営業は整理解雇や早期退職を迫られた給与所得者が自営業に退職金を投じ、長引く消費不振によって失敗するといった事案が多く、雇用不安と強く連動している。

低所得者や自営業者、それにここでは紙数の関係で触れられないが、福祉制度が追い付かない高齢者層など社会的脆弱層の存在は、家計債務が金融システム全体の揺らぎには繋がらなくても、政治的、社会的に見れば重大な閉塞感につながることを示している。

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