無人島に一冊だけ持っていくとしたら、迷わず『ケインとアベル』を選びます。まだ読んでない人は幸せだと思うね、これから読む楽しみがあるから(笑)。
ポーランドの田舎に生まれ、苦労してのし上がっていくアベルと、ボストンの名門一族のケイン。ホテル王と銀行家というそれぞれ成功を収める過程で、二人は皮肉な出会い方をするんです。憎みあい、熾烈な戦いを繰り広げることになるわけなんだけど、その二人が、たった一度だけ、ニューヨークで実際にすれ違う場面が出てきます。
ケインのほうが、あれがアベルかなと気付きながらも無言で通り過ぎていく。俺はあの邂逅にしびれて、直木賞をいただいた『あかね空』に、似たシーンを書きました。
77歳になったいまも書き続けている、ジェフリー・アーチャーの旺盛な執筆欲にも深い尊敬の念を抱いています。政治家にもなり、毀誉褒貶半ばする人ではあるものの、この人が書く物語にはやはり力があるんだよね。
2位はロアルド・ダールの短編集、『あなたに似た人』。ダールが持っている圧倒的な知的背景に驚かされます。ただし彼は自らの薀蓄をひけらかすことは決してしない。すべてを物語の中に見事に溶け込ませているから、スラスラ読めて心に残るんです。
ぜひ読んでもらいたいのが「味」という短編。ワイン通の男たちが、産地や年代を当てる、賭けワイン鑑定をするんです。一滴も酒が飲めない俺が、なるほど、ワインのテイスティングってこうやってやるのかと、実に楽しめた。
それからダールは、先に挙げたアーチャーと同じくイギリス人で、物語に“苦み”を効かせるのが上手い。賭けワインに家と娘を賭けるのにもぎょっとさせられるし、オチもまた巧いんだ。
スタンリイ・エリンも短編の名手と言われている人で、中でも図抜けている『特別料理』を3位にしました。表題作の「特別料理」を読むと、真の食通というのはこういう描写をするのかと感嘆させられます。
特別料理とは具体的には「アミルスタン羊」というもので、何かワケがありそうな名前でしょう? 実際にこの料理にはワケがあるんですが(笑)。
7位には『新約聖書』を挙げました。高校1年生の頃、配達をしていた学生向けの新聞に、文通相手の募集が載っていたんです。パムちゃんというアメリカの女の子にすぐに手紙を出し、文通が始まりました。
ほどなくパムが、「ミドルネームは何?」って聞いてきたんです。そこから、キリスト教徒にはミドルネームがあること、日曜には教会に礼拝に行くことなどを知った。宗教に関する知識など皆無だったけれど何となく憧れて、近くの教会に行くようになり、聖書を読むようになったんです。
『聖書』から学んだことは、一つの出来事でも、見る人によって解釈は異なるということです。つまり使徒たちによって書かれた福音書は、ルカとマルコ、あるいはヨハネとでは内容が異なる。そうした、ものの見方の多様さを学びました。
そして何より「神の存在を俺は信じる」という一生の杖を得た。世界は人間だけでできているのではない、神はすべてを見ている。畏れ、信じる存在を、若い時に自分の中に持てたのは、幸せだったと思っています。