安倍「加憲」で全世界が知ることとなる日本の「身勝手な論理」

英訳したらバレてしまう…
伊勢崎 賢治 プロフィール

日本の法体系の重大な欠陥

国際社会の注意を引くこともなく、勝手にやってきた重大な問題がもう一つあります。

上記の「交戦法規」、つまり国際人道法の違反をすると、これがいわゆる「戦争犯罪」となります。

考えてもみてください。

日本の上空を飛ぶ米軍オスプレイが墜落し多数の日本人が死傷したとしましょう。

これは日米地位協定上の公務内の事故と判断されるだろうから、その裁判権は日本にはありません。裁判権はアメリカにあり、米軍法で審理されます。

でも、もしここでアメリカ側が「あ、ゴメン。軍法無かった」と頭を掻いたら…。

法の空白

これが、日本が現地政府と締結した兵力地位協定(南スーダン等での国連PKO地位協定、現行の日ジブチ地位協定)で、外地の民に強いている状況なのです。

それも、日本のような「平時」での地位協定ではなく、「戦時」「準戦時」の地位協定の支配する世界です。平時でも、軍事的な過失は引き起こされるのですから、戦時においては推して知るべしです。

(PKOで国連は、1999年以降正式に、PKO活動中に発生し、現地国からの訴追を免除されるPKO部隊の過失は、各PKO派遣国の国内法廷で裁くことを義務付けています。:参照→「日本はずっと昔に自衛隊PKO派遣の「資格」を失っていた! 」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51058

日本には、国際人道法違反(=戦争犯罪)を審理する法体系はありません。(上掲リンク参照:日本は遅ればせながらジュネーブ諸条約追加議定書に加盟した2004年に、国内法として「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」をつくったが、肝心の殺傷行為に関するものが一切ない)

 

世論も、「防衛予算は人殺し予算」と言ってみたり、「自衛隊(軍隊)は人殺し集団」と言ってみたり、軍事と刑事の違いが分かっていません。

「戦力」としての識別義務を負った者どうしが、国際人道法に則って「交戦」することは、「人殺し」に違いありませんが、それに直接手を下す個人の責を問う刑事とは全く違う世界です。軍事の主体は国家であり、責を負うべきは、個人に命令を下す国家の指揮命令系統です。

だから、国際人道法では、捕虜の保護を謳うのです。捕虜が"殺人"を犯しても、それは個人の意思ではなく、捕虜が所属する国家の命令行動だからです。

一般刑法では、例えば10人を殺傷したら、ほとんど確実に死刑が宣告されるでしょう。

でも、軍事行動で民間人をそれだけ殺傷しても、それが指揮命令系統を逸脱することなく結果したものであれば、その個人の刑事性が勘案され、無罪になる可能性がある。これが一般刑法と軍刑法の違いです。

そして、そういう「戦争犯罪」の責は、国家が、国際人道法を基調とする国際社会に対して負うのです。

これは、首相は「私が全責任を取る」と嘯(うそぶ)くことではありません。それを審理し、結審する法理があるかどうかの問題です。

日本には、この法理がないのです。自衛隊は「戦力」ではないし、「戦闘」することはないし、だから「戦争犯罪」を犯すという前提そのものがないからです。

自衛隊は「戦力」じゃない、つまり「自衛隊は合憲」というのは、日本国内での議論はどうあれ、外から見れば、自らが犯す国際人道法違反(=戦争犯罪)を審理する法体系を持たない戦力(それも世界有数の)の保持を合法化、つまり「非人道性」を合法化する無法国家としか見えません。