文在寅新政権は「イケメン」だらけ〜韓国人はルックス重視?

秘書もボディーガードも無駄にカッコイイ
金 香清 プロフィール

韓国政治の転換点か

5月18日、文在寅は光州(クァンジュ)民主化運動(光州事件)37周年の記念式に参加した。

記念式の終盤、光州事件当日の5月18日に生まれた女性が他界した父親に宛てた手紙を涙ながらに読み上げた。すると席の最前列に座っていた文在寅がおもむろに席を立ち、女性に近寄って抱擁した。予定外の大統領の行動は、国民の涙を誘った。

文在寅(ムン・ジェイン)光州民主化運動の記念式で涙を流す文在寅氏 Photo by GettyImages

1979年、朴正煕による軍事独裁政権が終焉し、民主化のムードに沸く中、全斗煥(チョン・ドゥファン)がクーデターを起こし翌年5月17日に野党指導者の金大中(キム・デジュン)を逮捕した。これに反発した学生・市民らによるデモが光州事件だ。

当時、軍部は手あたり次第にデモ隊に発砲し、しかもこの事件について他地域の韓国民には「一部、共産主義者たちの騒動」だと伝えられた。光州市内の電話線が切られ、道路も封鎖され、人も物も情報も遮断された。

記念式で手紙を読んだ女性の父親は、生まれたばかりの赤ん坊が銃声で目を覚ましてしまうのではないかと、窓を布団で防ごうとした際に、流れ弾に当たって犠牲になった。

これが起きたのは1980年。そう古い話ではない。

多くの犠牲者を出した光州事件は、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵による保守政権下で矮小化されてきた。一方、文在寅は全斗煥政権下において、人権を蹂躙された人々の側に立って弁護士を務めて来た。この記念式典に文在寅が大統領として出席すること自体が、政権交代を象徴する出来事だった。

光州から10数年経った1993年に、初の文民出身の金泳三(キム・ヨンサム)政権が誕生し現在に至るが、軍事独裁政権の残骸はいまも残っている。

朴槿恵の父である朴正煕元大統領はトップダウンで国と国民を動かし、朝鮮戦争でボロボロになった韓国に経済復興をもたらした。発展途上の国に独裁的なリーダーシップは有効な部分があるのは確かだが、社会が発展するほどトップダウンは通用しないのが現実だ。

朴槿恵が朴正煕の娘である点だけを置いて、その政策をイコールで結ぶことはできない。が、しかし朴槿恵政権は検定制の教科書を国定にする、野党を支持する芸能・文化人をブラックリストにして圧力をかけるなど、前時代的な政治弾圧の強化させてきた。

経済が発展すれば価値観も多様化する。様々な価値観の共存を実現するには、国民の「個」を尊重する政治が求められる。父親の神話と、身に着いたカリスマ的なイメージが朴槿恵の最大の武器だったが、それが通じる時代は過ぎたのだ。

朴槿恵政権と文在寅政権の対比は、単なる一政治家のキャラクターの差異によるものではなく、韓国の民主主義が成熟するための大きなパラダイム転換期だと言える。

そしてこれは文在寅政権自身にも問われ続けるテーマだろう。