オックスフォード卒、外資系投資ファンド勤務の才女「まさかの転身」

「仕事がつまんなくて」NPO活動に
中村 安希 プロフィール

Sさんは、香港のインターナショナルスクールを卒業後にアメリカへ渡り、カリフォルニア州立大学でコミュニケーション学の学位を取得した。

経済危機が起きた2008年に香港へ戻り、大不況の中、香港ジョッキークラブ(競馬の競技団体)へ就職。プロモーションビデオの制作などを2年間手がけた後、慈善事業を行う部署でさらに2年間働いた。競馬などで得た収益の中から年10億香港ドル(145億円)分の予算を学校やNGOなどに振り分けていく仕事である。

「給料もそこそこで、安定した職場でしたが退屈でした。地域の人と触れ合う機会もなくて、ただオフィスにこもって小切手を送付しているだけというか…」

次に彼女が勤めたのは、香港のテレビ局だった。番組ディレクターとして局内で仕事を始めると給料は急上昇した。

「親のコネで入社しました。父が幹部で兄も同じ局で働いているので、父がうちにきたらどうかと言ってくれて。ただ、退屈だったので3ヵ月で辞めて再び転職しました。局にこもってやる仕事は、オフィスにこもっていたジョッキークラブでの仕事とあまり変わらないと思ったからです」

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「やっていたのは洗脳です」

次に彼女が就職したのは、社会貢献事業を行う企業だった。プラスチック事業で財を成した実業家が、社会への利益還元も兼ねて始めた一種の財団のような組織で働くことになった。

給料は急降下し、テレビ局どころかジョッキークラブ時代よりもずっと低くなってしまったという。

それでも、学校などに赴き地域の若者たちと関わる新しい仕事には、それまでの職場とは違う良さもあったそうだ。しかし彼女は、この職場を2年で去ることになる。転職から1年半が経過した時点で、「これは違う」と思い、転職活動を開始した。理由は活動理念に共感できなかったこと。

「私たちがやっていたのは洗脳です。学校でのイベントや地域キャンペーンに資金を投入してサポートする活動だったんですが、目的は若者に愛国心を教えることでした。中国への愛国教育。それが不快で辞めました」

地域コミュニティで人と関わり、なおかつ意義のある活動をしたい。その思いを叶えるべく、Sさんは「フード・エンジェル」への転職を決めた。前職からさらに給料を減らしての転職だったが、良い選択だったという。

「食料廃棄を減らして生活困窮者を助けるという団体のミッションに共感できているので、ストレスは少ないです。マーケティングやビデオ編集、ボランティアスタッフのアレンジや新しいプログラムの立ち上げなど、いろんな人と関わりながらマルチタスクでやっていく今の仕事が好きです」

2011年に約10名でスタートした団体は、5年でスタッフを倍に増やし、活動を拡大してきた。街の2ヵ所に設けられた厨房では6名の調理スタッフがフル稼働し、食事配布を手伝う他の慈善団体や毎日180名前後集まるというボランティアが活動を支えてきた。

それでも廃棄を逃れる食料は、全体のたった0.1%に過ぎず、96万人と推計される生活困窮者の食事のうち、団体でカバーできているのはわずか7500食だけという厳しい現実がある。

 

そこで、さらなる活動の拡大が期待されるが、しかし同時に気になるのは、団体の資金繰りだ。調理施設の確保やスタッフの給料など、活動経費も増えているはずだが、一体どうやって回しているのか? 

「一番大きいのは一般寄付ですね。あと、最近はCSR(企業の社会的責任)からの収入も増えています。今や企業も社会的なイメージの改善には気を使っていますから。他にはチャリティイベントもやりますし、私の前職のジョッキークラブからの寄付もあります」

ただし、彼女自身の給料は団体からではなく、ECF(Environment and Conservation Fund:環境保全基金)という外部の基金から出ているという。

「各々のスタッフが自分の給料を個別の助成元から集めるというやり方は珍しくないです。だから、給料を出している助成団体が助成を打ち切った時点で、そのスタッフだけ活動が続けられなくなり失職するということも、この業界ではよくあることです」