芦田愛菜さんが「一番魂が震えた」と絶賛したこの一冊

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山中 伸弥, 緑慎也 プロフィール

臨床医としての限界

整形外科の主な仕事は、手術をすることです。ぼくも研修で手術を任せられたことがありますが、うまい人なら20分で終わるところ、2時間かかりました。

指導医や看護師の方々にあきれられましたが、いちばんあきれていたのは患者さん本人でした。局所麻酔だったので手術中も意識ははっきりしていましたから。

いまだったら医療訴訟を起こされるかもしれないのですが、幸いその患者さんはぼくの中学時代からの親友だったので、訴えられずに済みました。

だからといって、自分が不器用だったとは思っていません。講演で「手術が下手だった」と発言することもありますが、謙遜していっている部分もあります。技術者の子どもだし、小さいときから機械いじりをしていたので手先は器用なほうだと思っています。

あるときNHKの取材班が、ぼくがお世話になっていた病院の院長に話を聞いたのですが、その人が「本当に(山中は)下手やった」と正直に答えておられたのでズッコケました。その後、基礎医学研究で、犬やマウスの手術をするようになりましたが、自分でいうのも変ですが、上手にできました。

ただし人間が相手だと、緊張して思い通りにできなかったというのも事実です。

いずれにせよ、整形外科の臨床医を目指す者にとって患者さんの手術を満足にこなせないというのは、大きな弱点です。

手術は場数をふまないと上達しないのですが、なかなか手術をするチャンスはめぐってこず、無力感にさいなまれました。次第に自分は整形外科医に向いていないんじゃないか、一人前の臨床医になれないんじゃないかと悩むようになりました。

しかし、ここで壁にぶつかったことが、研究者という新しい道につながったのです。

名医でも治せない患者さん

そのころ自分の能力に限界を感じるのと同時に、臨床医の限界も感じていました。

研修医としていろんな患者さんと接するうちに、いくら神業のような手術テクニックを持っている医師にも治せない病気や怪我があることを目の当たりにしたからです。

ぼくが最初に担当することになったのはリウマチ患者の女性でした。全身の関節がみるみるうちに変形する重症でした。

ベッドの脇に写真が飾られていたのですが、そこに写る元気な女性を親戚の方かと思って尋ねると、わずか数年前の彼女自身と知って、ここまで変わるのかとショックでしたね。

骨のがんのため入院していた高校生の男の子も忘れがたい患者さんです。

膝が痛いというのでレントゲンを撮ったところ、骨肉腫が見つかったのです。手術で彼の太ももから下を切断し、術後、抗がん剤治療をおこなうことになりました。

ぼくの役目は、毎日投与する抗がん剤入りのアンプルを、看護師さんと一緒に点滴用の袋に移すことでした。海外で開発された薬でしたが、一回の投与に、アンプル何十本分も必要で、ぼくと看護師さんはそのアンプルを開けては混ぜるという作業をくり返しました。

それでも、一時的にがんを小さくさせるくらいの効果しかなく、再発の可能性はつねにあり、完治はできませんでした。

脊髄損傷(*患者数は10万人以上、新たに毎年5000人ずつ増加しているといわれている。原因は多い順に交通事故、高所より転落、転倒、スポーツ事故など。スポーツ事故の中ではスノーボード、スキーに次いでラグビーが入っている〈「全国脊髄損傷登録統計」2002年〉。脳や脊髄など中枢神経系は傷つくと修復・再生することはなく、現在のところ有効な治療法がない)も、現代医療では治すことができません。

損傷の度合いによっては、運動機能や感覚機能がほとんどなくなり、体を動かすことができず、外部からの刺激を感じることもできなくなってしまいます。とても痛ましい病気です。