日本で最初にコーヒーを飲んだ人はどんな人だったのか。その人が初めてのコーヒーを飲んだのは、どのような状況だったのか。
こんなことをふと思ったのは、いまから30年くらい前、午後のコーヒーをひとりで飲んでいたときのことだ。
それからの30年のあいだに僕がしたのは、ごく平凡な想像だけだった。そのごく平凡な想像によれば、日本の人が最初にコーヒーを飲んだのは、徳川幕府の時代だろう、ということだった。17世紀のなかばあたりか。
場所は長崎にきまっている、と僕は思った。
長崎の出島ではオランダとの交易が幕府の許可のもとにおこなわれていた。日本との交易の事務に使うためのオランダのオフィスのような建物が、出島にはあったはずだ。
そこで仕事をしていたオランダの人たちと常に接していた日本の人たちのなかに、通訳のような役を果していた人たちがいた。当時の言葉で彼らは通弁あるいは通詞と呼ばれていた。
いまから三百数十年前、17世紀のなかばのある日、出島にあったオランダの人たちのオフィスで、コーヒーというものを飲んでみないか、と彼らは誘われたのだ、と僕は想像する。
何人もの通弁たちが誘われ、大きなテーブルを囲んだ、とは考えにくい。何人もの通弁たちを、コーヒーのためにわざわざ招待したりはしないだろう。
と同時に、何人かいたはずの通弁たちのなかから、ひとりだけを選んでコーヒーを飲ませた、とも思えない。コーヒーを勧められたのは、ふたりの通弁ではなかったか、と僕の想像は過去のなかで前方へと広がっていく。
長崎の出島にあったオランダの人たちのオフィスは、たとえば歴史年表のなかでは、オランダ商館、と呼ばれている。だから僕も、オフィスなどとは言わずに、商館と呼ぶことにしよう。
なんらかの仕事でオランダ商館へ出向いていた日本の通弁ふたりが、仕事が終わって帰りぎわ、コーヒーというものを飲んでみないか、とオランダの人たちに誘われた。ひとりは20代の終わりに近い年齢の男性、そしてもうひとりは、30代の後半だったのではないか、などと僕は想像する。