『ブラタモリ』が僕らの「知的興奮」をくすぐる理由

絶滅の危機に瀕した「地学」を救え!
山崎 晴雄 プロフィール

ブラタモリが主に扱っているのは地形や地面、つまり「地」である。昔、「地」は人々に身近な存在だった。車があまり普及していなかった時、歩いて地面を踏みしめ、身を以て地形を確認・認識していたのである。

道の切り割りには土や土壌が露出し、工事現場の脇を通ると掘った穴の中に砂利や地層が見えていた。50歳以上の方にはきっとこういう経験があるのではないだろうか。

一方、現在はどうであろうか。

車に乗ってしまうと、平野の中では微妙な地形の凹凸にはまず気付かない。高い所に上っても、街はビルで覆われて地形の高低差は全く区別できない。工事現場は高い塀で囲まれて中に何があるのか判らない。切り割りのほとんどは擁壁で覆われている。地面だって、大半のところがコンクリートやアスファルトで覆われ、表面の土すら見ることができなくなっている。

現代においては、人々は「地」をほとんど感じないで生活しているのだ。乳離れならぬ「地」離れが進んでいるのである。その結果、若い人の大半は自分の足の下の地面がどうなっているのかを全く知らないし、関心も持っていないのである。

 

「地学」の危機

昔、地面の下のことは高等学校では「地学」という科目で教えられ、面白かったかどうかは別として、年配の方々は地面の下について必修で勉強していた。ところが、現在は「地学」が絶滅危惧科目になってしまっているのだ。

多くの高校で「地学」は選択科目の中に入れてもらえず、科目の開設が見送られている。この原因は受験教育である。受験生の負担軽減ということで受験科目はどんどん減らされ、その結果、マイナーな科目の「地学」を勉強してもそれで受験できる大学はほとんどなくなっているのだ。

つまり「地学」は受験にとっては全く役に立たない科目であり、受講者も教員もどんどん減り続けている。

しかし、「地学」はほんとうに要らないのだろうか。「地学」は人々が生活している地表や地下の現象を扱っており、地震や火山噴火、台風などの自然災害にしばしば見舞われる日本列島で安全に生活して行く上では、本来必要不可欠な知識なのだ。

土地の成り立ちや地形のでき方を理解していれば、そこでいつどんなことが起こるか、ある程度イメージすることができる。そうすれば家屋の立地や建て方に反映することができる。安全な避難にだって役立つかも知れない。しかし、実際には多くの人が「地」を勉強することなく社会へ出て行くのが現実である。

大きな地震や自然災害が起きるたびに、マグニチュードなどの細かい専門知識が新聞やテレビで紹介される。断片的な情報が頭に入ってくるものの、それらが、普段人々が目にしている地球の自然や社会の現象とどう関連しているか、ということはほとんど解説されることはない。

こういうことが多くの人、特に高年齢の人に「地」の知識の欠乏感を感じさせていたのではないだろうか。ブラタモリという番組はこの欠乏感を、判りやすい形で補ってくれる番組なのである。それが人気を呼ぶのではないだろうか。