「ジュリ扇」進化論~バブル絶頂のディスコを語ろう

荒木久美子と甘糟りり子とDJ OSSHYが…
週刊現代 プロフィール

シャンデリア落下事故

OSSHY でも、そのチークタイムも'86~'87年頃にはディスコから姿を消してしまいました。

甘糟 だから、最近の若い子は、チークタイムを知らない子もいる。説明すると、「頬が赤く染まるからチークタイムって言うんですか?」って。惜しい(笑)。

荒木 私が初めて行ったディスコは、新宿の東亜会館に入っていたたぶん「G・Bラビッツ」だったと思います。

OSSHY 東亜会館はディスコの聖地。ビルの各階にディスコが入っていました。

甘糟 六本木ならスクエアビル。私の青春です(笑)。跡地が取り壊しで更地になっていたときは悲しかったです。

OSSHY '80年代初頭は同じディスコでも、場所によって客層が違いました。東京の玄関である新宿は、全国から人が来るのでごった煮状態。同じダンスフロアの中に、関西系のトラ柄ファッションから、ハチマキを巻いている人までいました。

一方、渋谷はサーファー系の学生が中心。六本木は、もう少し洗練された大人が集まっていました。

甘糟 '80年代の半ばになると、「マハラジャ」や「キング&クイーン」などバブル期の代表的なディスコが相次いでオープンしました。

荒木 「マハラジャ」では、ユーロビートに合わせて自由に踊っている感じでしたね。一部の常連客からは、手をヒラヒラさせて踊る「パラパラ」も生まれました。

OSSHY 「マハラジャ」の登場で、それまでカジュアルだったディスコが一気に高級志向に変化。サーファーディスコ時代は、店の内装もウッディで、まるで海の家みたいな感じだったのが、大理石に金ピカの装飾を施し、宮殿みたいな作りになりました。

甘糟 「マハラジャ」以降は、ディスコの食事も美味しくなる。カリフォルニアロールや分厚いハニートーストはここから流行ったんです。

OSSHY 「マハラジャ」には、寿司を握る板前さんまでいましたからね。でも、「マハラジャ」は高級志向なのに、ディスコを全国チェーン化していったのがすごい。時代の勢いを感じます。

甘糟 それまで1500円ぐらいだった入場料も3倍ぐらいに跳ね上がり、男性だけの入店もできなくなりました。ドレスコードができたのも、『マハラジャ』からだと思います。短パンやジーンズでの入店はお断りで、DCブランドのスーツやワンピースを身にまとうようになりました。'80年代後半頃のことです。

OSSHY サーファーディスコのころは、女性はみんな川島なお美さんみたいな髪型でしたが、「マハラジャ」の頃には、示し合わせたようにワンレンになっていましたね。

甘糟 「マハラジャ」ならボディコン、六本木の「玉椿」ならモード系と、服装を店によって変えるのも楽しかった。

荒木 ジュリアナと同じく芝浦にあった「GOLD」('89年開業)は、それまでのディスコとはかなりテイストが違いました。コンクリート打ちっぱなしの内装で、音楽もユーロビートではなくハウス。みんな自由に踊っていました。「このオシャレな世界はなんなんだろう」と最初は驚きましたね。

OSSHY 「GOLD」は、朝まで営業できる営業形態で、「クラブ」の走り。'90年代の手前になると、個性を尊重する時代になってきて、いろんなジャンルの曲がかかるディスコはダサいと見なされるようになりました。

 

荒木 『トゥナイト』の取材でいろんなディスコに行きましたが、'90年を過ぎたあたりから、特に地方が過激になっていきました。「東京のディスコはすごいらしい」みたいな感じで、ニップレスにTバックで踊っているんです。「大丈夫、これ?」って思っていましたよ。

甘糟 '88年1月には、六本木の「トゥーリア」でシャンデリアが落下、3名が亡くなりました。私もよく行っていたので、事故直後は友人から「あの場にいなかった?」と安否確認の電話がかかってきましたね。

OSSHY あの事故の影響もあったでしょう、ディスコは徐々にクラブに取って代わられ、「ディスコDJ」と名乗るのが恥ずかしい時代になってしまいました。

荒木 そのなかで最後まで踏ん張っていたのが「ジュリアナ東京」でした。毎週2000人、30000人という客を集客し続けた箱はほかにありません。

ディスコは、周りの人に自分を見せる場所。お立ち台に上がって「どう、私きれいでしょ」とアピールできる特別な空間だったんです。

OSSHY いまではいろいろな場所でイベントが開催され、ホームパーティ感覚でディスコを楽しめるようになりました。

甘糟 でも、私はやっぱり、熱気のあった昔のディスコが懐かしい。もう一度スクエアビルを復活させて欲しいと思います。

荒木久美子(あらき・くみこ)
70年生まれ。「ジュリアナ東京」でカリスマ的存在となり、『トゥナイト』などの深夜番組で「お立ち台の女王」と称された。通称「荒木師匠」
甘糟りり子(あまかす・りりこ)
64年生まれ。作家として、ファッションやグルメなどに関するエッセイを多数執筆。近著に『産まなくても、産めなくても』(講談社)がある
DJ OSSHY(でぃーじぇー・おっしー)
65年生まれ。'82年からDJのキャリアを開始し、ディスコ・ムーブメントのパイオニアに。現在もディスコイベントに多数出演する

「週刊現代」2017年5月27日号より