佐藤優が死刑確定間近との噂の木嶋佳苗にリンゴを差し入れした理由

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佐藤 優 プロフィール

二○一三年、約半年の間に起きた三件の殺人により逮捕される。被害者はいずれも、出会い系や婚活サイトを介して知り合った首都圏に住む四十代から七十代の独身男性であり、梶井との結婚を真剣に考えていたという。料理教室の授業料を、家族が怪我をしたから治療費を、などという梶井の要求を受け、多額の金銭を渡している。

いずれの死因も、睡眠薬の過剰摂取、風呂場での溺死、電車の飛び込み、と自殺とも事故とも受け取れるものだが、直前まで梶井が傍に居たことが逮捕の決め手となった。その他、五件の詐欺罪でも再逮捕されている。

いずれの事件も物的証拠に欠けたまま、検察側のいびつな精神論に押し切られた形で一審で無期懲役となる。判決が出るなり梶井側は即日控訴し、現在は来年春に控訴審を控え、東京拘置所に勾留中である〉

 

彼女の目はこう訴えた

1審判決を死刑とせずに無期懲役としている。その結果、事件に関するステレオタイプから自由になり、より深い洞察ができるようになっている。

舞台回しの役を演じる週刊誌の女性記者・町田里佳がカジマナの取材を通じ、心身に変調を来す過程も見事に描かれている。里佳が独白する以下の考察がとても優れている。

〈こうして脚光を浴び、支えてくれる異性がいても、事実を捻じ曲げてしゃべり続けている限り、彼女は永遠にひとりぼっちなのだろう。

どんなに叫んでも、たった一人でどこにも受けてもらえない言葉を排出しているにすぎない。醜いとも哀れとも思わず、ごく当たり前のこととして、里佳はただそう認識する。それはそれで一つの生き方であり、そうした人間は何も彼女ばかりではないのだ。

梶井はこちらを静かに見つめている。あの巨峰の目がじっと里佳に注がれている。それはこう挑んでいるように見えた。

何が嘘で何が真実か。そんなものに大した違いはない、だったら自分が美味しいと感じる方を選んで何がいけない? 苦い真実が一体全体、身体のどこを満たすんだ、と。

殺伐として味気ないリアルに、溶かしたバターをたっぷりからめて、香辛料や調味料で味付けすることの何が悪なのか? 見たいものだけ見て、何がいけないの。それが私なりの処世術で、生きてきた上で自然とそうなった、歴史に基づいたひとつの進化の形なの。あなたは、すべてが正しく向き合うに値するものだと、本気で思っているの?

さあ、この世界は生きるに値するのかしらね?

「カジマナって本当は、グルメじゃないのかもな―」

里佳はそうつぶやいていた。走り去る大型トラックが、排気ガスとともに梶井と自分を分かつ〉

「何が嘘で何が真実か。そんなものに大した違いはない」という認識は、ポストモダニズムの価値相対主義そのものだ。木嶋佳苗事件とポストモダニズムは深いところでつながっているのかもしれない。

週刊現代』2017年5月27日号より