消え行く田舎の「エロ本自販機」を追った、稀有な民俗書

呆れつつも、読み始めたら止まらない
武田 砂鉄 プロフィール

〈狭さ〉を保つ空間として著者は「赤ちょうちん」をあげる。そこには『徒然草』がよいとした「不揃いであること」が保持されている。集う人間もその建築も、意図が研ぎ澄まされておらず、偶発的な空間であり続ける。効率化の下に線引きされた空間ではないからこそ、そこに置かれた人間は「私たち」という複数形から解放される。

「〈狭さ〉には、自由と永遠が宿る!」との印象的な帯コピーは『エロ本自販機』本にも使えそうだ。限られた狭い場所に身を置くことで、ようやく個に戻るのだ。

東京・西荻窪で雑貨店「FALL」を経営する三品輝起による『すべての雑貨』は、ロードサイドに同じようなチェーン店が林立し、その道の個性がすっかり剥奪されてしまったのと同様、個々の部屋の中を彩る雑貨群までが大資本に食われて均質化する様に、警鐘をならしていく。

人間の趣向を予測し、「北欧」「丁寧」「手仕事」といった関連タグで顧客を掌握、「これが欲しかった!」と誘導していく商法。その商法が消費を促すための「雑貨」なる言葉が、溢れに溢れている。

ネットは「なんでも買える」との興奮をたちまち提供するが、その弊害を踏まえた上で、これからは「あらゆる物理的な物の垣根を溶かし、ひとつの『物』という商品ジャンルへ統合していく」と著者は予測する。

 

なぜ著者は、「旧時代の商い」である雑貨屋を続けるのか。絶え間なく消費する私たちの、個性的であろうと団結する無個性を、時に手厳しく指摘する筆致が読ませる。

この3冊に共通することとはなんだろうか。失われていくものへの懐古、ではない。今、目の前に広がる無尽蔵な情報、同一性の安堵などを、極私的な空間=〈狭さ〉から疑ってみるという姿勢だろう。万事が猛速で流れ続ける現代への批評性を持った3冊である。

週刊現代』2017年5月27日号より