効果のない対貧困政策を顧みない残念な世界に終止符は打てるか

データが解き明かす人間行動の法則性
峯 陽一 プロフィール

イノベーションは例外から生まれる

こういう事例を考えてみよう。

アフリカのある国でトウモロコシを栽培する農村がある。品種改良された種子を使えば収穫が数倍に増える(収穫の増加以外の面でこの種子が本当に良いかどうかは、さしあたり問わない)。そこで、実験的に補助金を投入し、格安の改良種子を使うよう農家に提案してみる。

進取の気性に富んだ農家が新しい種子を使った栽培を試みるが、周囲の農家は、この変わり者の試みを黙って観察しているだけで、村全体の栽培手法にはまったく変化が見られない。よくある話だ。RCTを実施しても、「新しい種子は普及しない」という結果が出るだろう。

ところが数年後、村の有力者が新たな栽培方法の受け入れを決断すると、これまで(内心は興味津々で)見ていただけの農民たちが一気に新品種を導入する。デフォルトの栽培手法がひっくり返る。人々の心の準備に時間がかかっていたのだ。

こういうケースでも、時間軸を長期にとってRCTを繰り返せば、法則性が見えてくるかもしれない。だが、流れが変わるのはいつか、変化の引き金は何かというのは、当事者にもわからないことが多い。

これは経済学と経営学の違いにもかかわる問題である。イノベーションは例外から生まれる。つまり、統計的には成功を約束されていない試みが大成功を収めること(あるいは逆に、安全だったはずの試みが大失敗すること)があるのだ。

黒い白鳥が一羽発見されることで、白鳥は白いという常識が塗り替えられる(つまり、ありえないと思われることが、現実に起きる)。ナシーム・ニコラス・タレブが『ブラック・スワン』(望月衛訳、ダイヤモンド社、2009年)で明らかにしたように、今日まで通用した法則性だけに頼って未来の選択を決めようとすると、私たちは何の革新も生み出せないかもしれない。

 

「そうすべきだ」とわかっていても…

それから、これはRCTと直接関係しているわけではないが、RCTを実践する政策研究者の間で「パターナリズム」の是非がよく議論されていることを指摘しておこう。

学校は卒業した方がいい。予防接種には行った方がいい。コンドームはつけた方がいい。貯金はした方がいい。甘い物は食べ過ぎない方がいい。まあ、その通りだろう。

しかし、人間の心は弱い。「次からそうしよう」、と決断を先延ばしして、現在の誘惑に負けてしまうのだ。「今回だけはいいだろう」という理屈で、次も「今回」、次の次も「今回」が続く。

だとすると、ちょっとしたインセンティブを与えて、行動の変化を促してみたらどうだろう。冒頭で出した例は、お母さんに少量のレンズ豆を与えて、子供の予防接種率を向上させようというものだった。大規模な補助金を出さなくてもいい。

人々は「そうすべきだ」ということは頭ではわかっているのだから、ちょっとした広告、記念品のプレゼントなど、背中を一押しするくらいで十分に効果が上がるのではないか。

このような政策オプションは、行動経済学では「ナッジ」(ひじで軽く押して行動を促すこと)と呼ばれ、RCTでもさかんに実験が行われている。