効果のない対貧困政策を顧みない残念な世界に終止符は打てるか

データが解き明かす人間行動の法則性
峯 陽一 プロフィール

2010年にこの本の原書が刊行された後も、デュフロ氏のチームは世界で実験を繰り返している。デュフロ氏のホームページを訪問すると、すべて英語ではあるが、彼女が執筆に参加した論文の多くをダウンロードして読むことができる(https://economics.mit.edu/faculty/eduflo/papers)。

実験がどこまで広がっているか、どのような結果が報告されているか、ワンクリックで最新の状況がわかる時代になった。

このようにRCTが普及してきた今だからこそ、RCTには何ができて、何ができないかを整理しておくことが大切だろう。

デュフロ氏の本は貧困を解消する「魔法の杖は存在しない」というメッセージで締めくくられているが、最近は、RCTが万能の魔法の杖だと勘違いする人も増えている気がする。

そこで以下では、あえてブームに「冷や水」をかけてみたい。バランスのとれた解説を心がけるのは、デュフロ氏の望むところでもあるだろう。

 

RCTの強みと弱み

前回は、RCTはあくまで「道具」にすぎず、この手法を使って何の有効性を調べるかは別のところで議論されるしかないということを指摘した。

どんな薬を開発するかを考えるのは製薬会社と医療行政、そして医者と患者であって、RCTの役割は、認可を待つ薬の効力を調べるだけである。

同じように、政策を通じて何を実現したいかを決めるのは、RCTを操る研究者ではなく、究極的には主権者である市民、国民、そしてその信託を受けた政策立案者だろう。

しかし、薬の効果と政策の効果では次元が違うところがある。薬が効くかどうかは基本的には化学反応で決まるのだが、政策の効果については、文化や主観など実に多様な変数が入ってくるので、因果関係をスッキリと理解するのが難しい。

それでも、RCTを世界のいろいろな場所で何度も繰り返していくと、こういう政策に人々はこう反応するのだな、ということがだいたいわかってくる。

わかってしまうところに、RCTの強みと弱みがある気がする。いわゆる「ビッグデータ」もそうなのだが、統計学の手法を使うと、過去から現在までの人間行動の法則性が明らかになる。

未来も十中八九、同じことになるだろう。人々の行動パターンが客観的な数字で示されるから、教訓はとても力強い。これが強みだ。

しかし、人々の規範や行動は何らかのきっかけで大きく変わることがある。今日まで正しかったことが、明日からも正しいとは限らない。