マツコ・デラックスを現代の「最強神」と呼ぶべき、深淵なる理由

祭礼と女装の歴史にみる「双性原理」
三橋 順子 プロフィール

双性&異形の「都市神」

皆さんは「セーラー服おじさん」をご存知だろうか。あちこちの盛り場に出没するコギャルっぽいセーラー服姿の白髪・白鬚の初老男性だ。はっきり言って不気味である。

「セーラー服おじさん」photo by Junko Mitsuhashi

私が出会ったのは2年ほど前、渋谷のセンター街だった。「セーラー服おじさん」が出現すると、通行人が足を止めて、たちまち人だかりができる。そのうち、誰かが勇気を出して「ツーショット撮っていいですか?」と声を掛けると、次々に人々が写真を撮り始め、路上大撮影会になってしまった。

で、例によって「セーラー服おじさん」とツーショットを撮った若いカップルに尋ねてみる。

「なんで、(あんな不気味な人と)ツーショット撮るの?」

すると「セーラー服おじさんに出会ってツーショットを撮ると幸せになれるんですよ」という返事。

ん、なんとなくどこかで聞いたことがある……。

そういう話がTwitterなどで広まって、都市伝説化しているらしい。ちょっと大袈裟に言えば、ある種の宗教性を帯びている。今年55歳のオジさんが、セーラー服を着ることで、双性&異形の「都市神」と化すのだ。

ちなみに、「セーラー服おじさん」、今では日本だけでなく世界各地に出没している。その双性&異形の不思議なパワーは世界的に注目されているようだ。

ジャンヌ・ダルクは火炙りに

「双性原理」は多神教世界ではスムーズに受け入れられる。何しろ神はたくさんいるのだから、女装・男装して双性的な存在になり神に近づく者がいてもなんら障りはない。「セーラー服おじさん」のような、妖怪すれすれの怪しい神がいても問題はない。

しかし、唯一神を信仰する一神教世界では事情がまったく異なる。双性的な存在になり神に近づく者は唯一神の存在を脅かす者に他ならない。だから神に近づく行為である女装・男装は厳しく禁じられる。

キリスト教社会のヨーロッパで、ジャンヌ・ダルク(15世紀、「百年戦争」の時、男装で活躍したフランスの少女)のような異性装者が神の教えに背く背教者として火炙りの刑に処せられたのは、そういう論理からなのだ。

実際、ローマ帝国末期にキリスト教が国教とされて以降、一神教世界になっていったヨーロッパではトランスジェンダー文化は徹底的に潰され、伝統的なものはほとんど残っていない。

それに対して、多神教世界であるインド(ヒンドゥー教)、タイ(仏教)、日本(神道、仏教)などには、今なおトランスジェンダー文化が色濃く残っている。

それは「双性原理」から説明できる。

祭礼と女装の話から、ずいぶん大風呂敷を広げてしまった。でも、この大風呂敷(双性原理)、意外といろいろなものを包めるように思いません?