近頃「白馬のお姫様」を待つ男子が急増している件〜恋しない若者たち

どうやって彼らと打ち解ければ良いのか
伊藤 氏貴 プロフィール

1年中チョコを待つ男子

若者の変化と一概に言っても、男子と女子とでは少しく事情が異なる。「草食」「絶食」は主に男子に冠せられることばである。

女子が時代の変化とともに少しずつ社会進出し、男子と同じ立場を占めるようになってきたことは見えやすい。

しかし心の男女平等は正しく両者の歩み寄りというかたちで進んでいる。つまり、女子の男子化ばかりでなく、男子の女子化も生んでいる。

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かつて自分の想いを女子から告白するのは基本的にタブーであり、それを破ってよい、年に一度の無礼講がバレンタインデーだった時代はとうに過去のものである。今や2月の前半は日本を挙げてのたんなるチョコ祭と化した。

男子はと言えば、1年中チョコを待っている。恋愛や異性に関心がないわけではない。ただ、〈個性崇拝〉、つまり自分を大事にしすぎるあまり、はじめの一歩が踏み出せないだけだ。自分のことばかり見てきたせいで、他人を観察する能力が欠けているし、万一こちらから告白して失敗したときに、かけがえのない「自分」がズタボロにされてしまう。

かくして、向うから自分を攫いに来てくれる白馬のお姫様をじっと待つ男子が急増する。彼を囚われの身とする高い塔とは「自分」自身である。自分のプライドを守ろうとすれば、塔は高くなり、城壁は厚くなる。外部世界からはどんどん隔絶される。

こういうかたちでの恋愛の衰亡は、対異性(人によっては対同性)の問題にとどまらず、対人関係全てに及ぶ疎隔を意味する。誰もが自分を、自分の個性を認めてくれる人を待っている。このこと自体は男子も女子も変わらない。

 

ただ、男子の目を見つめ返すことすら許されなかった明治の世に比べれば、女子は自ら積極的に恋を求めることができるようになった。だから、男女平等思想による主体化と、個性崇拝による客体化とが並行して進展し、女子の恋は男子のそれに比べて変化が目立たないのだろう。もし女子が「肉食」化しているなら、前者の力の方が強いということだ。それでも、女子においても〈個性崇拝〉による疎隔化はやはり進んでいる。

男女がともに相手より「自分」を何より大事に思うようになれば、恋愛はこのまま消え去るようにも思える。誰も彼もが塔の中で自分を救い出してくれる王子様お姫様を求めるばかりで、二人して白馬に跨ることのない時代が来るのか。