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文学と建築のあいだ 〜なぜまったく違うジャンルなのに響き合うのか

『建築文学傑作選』刊行記念特別対談
青木 淳, 平出 隆

いい建築とは何か

青木:最初の須賀敦子「ヴェネツィアの悲しみ」という作品が、ある意味で全体を通してのテーマになっているんです。

この作品にはアンドレーア・パッラーディオという、その後のヨーロッパの西洋建築の礎になるような偉大な建築家が造った「イル・レデントーレ」という教会のことが書かれています。

だんだん朽ちて沈没していく儚いヴェネツィアという街で、人間にはどうしても儚さじゃなくて、きっちりとした幾何学が必要だ、それが建築なんだという思いが、まず一方で語られます。

でも、本当にそれで人に伝わったんだろうかっていう疑問もまたそこに書いてあるのが、僕はすごく面白くて。人間に確かな幾何学が必要なことは分かった。では人間に合う幾何学とは何かということが、そこでテーマになってるはずなんだけども、それは書かれていないんです。

でも、その書き方自体がその幾何学を持ってるんじゃないかと。

一見話があっち行ったりこっち行ったりして迷路のようで、ただ、ひとつひとつの話は非常に明確な像を持っている。

須賀敦子という人は、それこそが人間にふさわしい幾何学であると捉えたんでしょう。そして、それを書かずに実践してる。それはやっぱり面白い建築と言えるんじゃないかと。

 

平出:青木さんは解説で、「視点」を重要視していますね。

小説を読む時には、作者イコール主人公、主人公イコール語り手だというような混同が起きやすい。青木さんは各作品を読むに当たって、視点の変化をとても丁寧にたどっています。それは本当は文芸批評の基本なんだけど、実はないがしろにされていることなんです。

同時に建築においても、その視点というものを常に感じ取っているからじゃないかと思われて、二重に説得されます。

青木:小説なり文章というのは、一種の乗り物と言えるんじゃないかと思うんです。読んでるときは何かに乗りながら進んでいる。建築もまた、その中を歩く、体験するっていうのは乗り物に乗っている感覚です。でも、どの立場で乗ってるのかが変われば、その感覚は変化するし交錯しますよね。

学生の場合、たとえば美術館を設計すると、展示室しか作らない。美術館というのは一般の人はそこしか知らないから、その視点でしか見られないんです。

でも本当はそうじゃなくて、お客さんを始め学芸員、管理運営者、清掃者などそれぞれの立場から見た美術館があるはずなんです。いろんな視点が絡み合っていて、どの視点から見ても面白く、うまく行ってる建築物はいい建築だということになるんですよね。

建築の善し悪しは、いま自分がどの立場で見ているのかによって変化します。作家の立場なのか、観客の立場なのか、学芸員の立場なのか、あっち行ったりこっち行ったりしながら見ていく。だから文学でも、視点がどうしても気になるのかな。

平出:青木さんが設計された青森県立美術館は、学芸員の働く裏手のエリアがとても丁寧に考えられていますね。

他の美術館では一番いい加減につくられるような所が、ものすごくうらやましい空間になっている。そこは普段観客からは見えない場所だけど、実はそこから全体に及んでいくものがあると強く感じました。とても重層的です。

青森県立美術館青森県立美術館〔PHOTO〕Wikipedia

建築設計は私には分かりませんが、どのようにもできてしまう中でどうやって最終的な形を決めていくのか。青木さんにとって「決定」とはなんなのでしょうか。

青木:難しい問題ですね。きっと建築だけじゃなくて、文学でも詩でもなんであっても、推敲をどこで止めてここで良しとするのか、というのは同じだと思うんですが、建築設計には締切があるんです、どうしても。いつまでも工事やってるわけにいかないから。

普通は設計が終わったところで終わりなんですけど、僕の場合ちょっと違っていて、出来上がるまでずっと設計してるんですよね。だから最後まで分からないんです、どうなるかが。

平出:それはいわゆる設計変更っていうこと?

青木:そうです。それはいけないということになっているんですが(笑)。

たとえば音楽の楽譜、あるいは演劇のシナリオ、それをつくるのが作曲家であり劇作家であって、では演奏者、役者って何かというと、その楽譜を見て演奏する人、あるいはシナリオを読んで演じる人ということになるのかもしれませんが、それは人間がやらなくてもいいじゃないかと僕には思えるんです。書かれてることを忠実に再現するだけであればね。

だから言ってみれば僕の建築の考え方は、作曲家でもあるんだけど同時に演奏家でもあって、つくり上がるまで、手が離れるまでずっと決定しないんです。それが面白いんですが、迷惑ですかね?(笑)

平出:現場は、面白くて迷惑、って感じでしょうね(笑)。