歌詞とメロディがクセになる!稀代の名曲・井上陽水『夢の中へ』  

斉藤由貴のカバーも良かった
週刊現代 プロフィール

齋藤 『夢の中へ』は楽曲面でも、それまでの陽水さんの曲に比べて聴きやすいメロディで、「陽水ワールド」への入り口としてはうってつけです。ポップでキャッチーだからこそ、斉藤由貴さんをはじめ、世代を超えた多くのアーティストにカバーされている。

特にあのイントロの疾走感がもたらすワクワクは、格別なものがあって、一度耳にしたらもう忘れられない。

川瀬 あのイントロについては、編曲を担当した星勝君の功績が大きいです。最初陽水が送ってきた『夢の中へ』のデモテープは当然、ギターの弾き語りですからあんな雰囲気はなかった。

星君はロックを皮切りにいろんな音楽をよく研究していて幅が広くて、『傘がない』や『リバーサイドホテル』といった陽水の代表曲も彼がみんな編曲を担当した。「陽水ミュージック」に欠かすことのできない人です。

齋藤 もし陽水さんの歌を紅白歌合戦のトリで使うとしてどれを選ぶかとなったら、やっぱり『夢の中へ』か『少年時代』になりますよね。それくらい、日本中のあらゆる世代に浸透している。

川瀬 『夢の中へ』以降、陽水にもポップな楽曲がポツポツ増えていき、勢いがついてくる。そして、同年末に発売したアルバム『氷の世界』は、日本で初めてミリオンセラーを達成しました。

齋藤 これまた強烈なアルバムでした。『氷の世界』という表題曲の歌詞もパンチが効いていた。

「きっと誰かがふざけてリンゴ売りのまねをしているだけなんだろう」って、そんな発想がどこから来るんだと(笑)。聴き終えると頭をぶん殴られたような衝撃が残ります。

残間 陽水とユーミンは歌詞の言葉選びのために、よく国語辞典を引くといわれてますよね。適当に開いたページにある言葉と、別のページの言葉をくっつけたり……。

川瀬 陽水も、今のような歌詞の世界観が最初からあったわけではなく、ときには僕が歌詞を修正したくなることもありました。

例えば、『かんかん照り』という曲の歌詞に「セッケンはすぐに『どろどろ』とける」っていう部分があるのですが、「石鹸はとけるんじゃなくて干からびるんだよ」と陽水に指摘したことがあります。それでも「どろどろとけていたほうがイメージに合う」と言うので、結局そのままにしましたけど。

残間 陽水の曲を聴いていると、言葉が持つ本来の意味にはあまり縛られず、「そこにあったら一番響きが良い言葉」を探しているんじゃないかな、と感じることが多いですよね。

 

ジョン・レノンに褒められた

齋藤 『夢の中へ』でいうと、「まだまだ探す気ですか」と歌ったあとで、まさか「それより僕と踊りませんか」と続くなんて、誰にも予想できない。

残間 陽水の言葉で印象的なのは、女性のことをよく「君」という言葉で表現しているところ。これがまた、セクシーなんですよね。

齋藤 そのものずばり、『愛は君』という曲もありますもんね。「愛は星 愛は風 愛は僕 愛は君」と歌われている。

川瀬 それはね、やっぱり陽水の女性へのスタンスが「君」なんだと思う。根がシャイだから、「お前」って言い切れるほど近い距離感まで女性にグイグイ迫れる性格ではない。だからこそ、やっぱり「君」がしっくりくるんです。

残間 もうひとつ、陽水を陽水たらしめているのが、あの研ぎ澄まされた歌声。詞だけ読むと難解だと感じてしまう曲も、陽水の歌声だとつい納得させられてしまう。

川瀬 僕も陽水のプロデュースをはじめた時、まず声に魅力を感じました。彼が九州から出てきて、初めてデモテープを聞いた瞬間、何よりもまず「コイツ、本当に良い声をしているな」と思った。

ただ、デビュー当時、本人は「きれいな声」と評価されることを相当嫌がっていたんです。ルイ・アームストロングのようなしゃがれていて、存在感のある声に憧れていた。

だから、『夢の中へ』の前年に発表された『断絶』では、わざとしゃがれ声で歌っています。でも、『夢の中へ』の場合は、陽水本来のきれいで伸びやかな声が、最大限に生かされている。

齋藤 「ウフッフー」というハミングの部分なんて、普通の人ではあんなに気持ちよく出ないですよね。現実から解き放たれて、「これから夢の中へ誘われるんだよ」という雰囲気をたっぷり出してタメをつくり、最後に「さあ~」と畳み掛ける。

川瀬 あの軽やかさ、抜けるような心地よさは、ビートルズの『シー・ラヴズ・ユー』の「イエイ・イエイ・イエイ」とリフレインする部分を彷彿とさせます。

残間 言われてみればよく似ていますね。

川瀬 思えば、僕と陽水が打ち解けたきっかけもビートルズでした。彼が最初に持ってきたテープを聴いてみると、妙にビートルズっぽい。「君もビートルズが好きなのか」って聞いたら、目を逸らしながら一言、「別に」って(笑)。

でも、「時間があるなら歌っていけば」と会社の音楽練習室のカギを渡したら、何時間たっても出てこない。様子を見に行くと、一人で延々とビートルズの曲を歌っているんです。

僕も、当時からビートルズのコピーバンドをやってたくらいなので、ハモリを入れて一緒に歌っている内に、どんどん打ち解けていった。陽水も、僕も、編曲の星君も、皆ビートルズファンでしたからね。『夢の中へ』にビートルズの香りがどことなく滲んでいるのは、当然のことかも知れません。

残間 当時、ビートルズはリトマス試験紙みたいなところがありましたよね。お互いが好きだとわかると完全に身内のようになってしまう。

川瀬 ある人から聞いた話なんですが、昔、ニューヨークにある日本人が経営する本屋に、ジョン・レノンが来ていたことがあって、そのとき、たまたま陽水の曲が店内でかかっていた。

すると、ジョンが一言、「良い曲だね、誰が歌っているんだい?」と尋ねた。その話を陽水に伝えたら、本当に嬉しそうで、しばらくじっと黙っていました。

ビートルズPhoto by GettyImages

齋藤 あのサングラスもきっと、そういう繊細さの裏返しなんですよね。九州でアンドレ・カンドレとして歌っていた時代、陽水さんにも人から注目されず悶々としていた時期があった。私たちの見えないところで考え、苦悩し、惑ったりしたからこそ、あの独特な歌詞の世界観が生まれた。

『夢の中へ』の歌詞の「はいつくばって はいつくばって いったい何を探しているのか」という部分は、陽水さん自身の自問自答みたいなところもきっとあったはず。

川瀬 陽水はもう半世紀近く歌い続けているけど、今でも歌に対する探究心が旺盛で、変化し続けている。コンサートに行くと、「あの曲があんな風になったのか」と驚かされるからね。

残間 陽水と生前親しくしていた筑紫哲也さんが、病気が重くなる少し前、「この頃、陽水を麻雀に誘ってもぜんぜんノッてくれないんだよ」って笑っていたのをよく覚えています。

「陽水も歌というものが彼の人生の大きな柱だってことに気づいたみたいだね」って。陽水の歌という「柱」は同世代の私たちの人生も、ずっと支えてくれている。

齋藤 最近は声が嗄れて、ひと味違う魅力が出てきた。声の続く限り、歌い続けて欲しい人です。

残間里江子(ざんま・りえこ)
50年生まれ。プロデューサー。山口百恵の自叙伝『蒼い時』をはじめ書籍やイベントを数多く手がける。『閉じる幸せ』ほか著書多数
川瀬泰雄(かわせ・やす)
69年ホリプロ入社。陽水のほか山口百恵、浜田省吾など多くのアーティストの楽曲をプロデュース。新著『真実のビートルズ・サウンド[完全版]』が発売中
齋藤孝(さいとう・たかし)
60年生まれ。教育学者、明治大学文学部教授。『すごい「会話力」』ほか著書多数。『軽くて深い 井上陽水の言葉』の著書もある大の陽水ファン

「週刊現代」2017年5月20日号より