16年ぶりの20代新名人・佐藤天彦が明かす「劣勢の巻き返し方」

理想を現実化する思考法とは
佐藤 天彦 プロフィール

人間同士の対局はなくならない

――「自分を責めない」というのは本書のキーワードの一つになっています。

ある程度、「負ける自分」を受け入れることも必要でしょう。負けたのは色々な要因があるはずで、100%自分のせいで負けたと自分を責めすぎるのは論理的ではない。自分を追い詰めすぎるのは良くありません。

また、例えば「一日10時間勉強しよう」と大きな目標を立ててしまい、予定通りにこなせないと自分を責めてしまい、自信も失われる。自分にプレッシャーをかけ過ぎず、趣味も楽しんで、勉強時間が少なくても集中してやったほうが結果も良くなる。僕はそういうタイプですね。

――佐藤名人の趣味といえばファッション。「貴族」というあだ名の由来にもなっています。

一時期は洋服代に年間100万円以上遣ったこともありました。ファッションの魅力は、自分の価値観を分かりやすく表現できること。僕の場合は人にどう見せるかよりも、自分の美意識を表現する、自分の世界観を追い求める気持ちが強いです。自分はどんな人間なのか、ファッションを通して探っていきたい気持ちがあります。

――現在、電王戦で史上初めて「名人としてAI(人工知能)と対局」しています。

名人がAIと戦うことは、将棋界の中にも外にも大きな影響がある。「初めてAIに負けた名人」という不名誉な形で、歴史に名前が残ってしまうかもしれない。でも、そうなったらそうなったで、受け入れるしかありません。

 

理屈で言えば、今のAIに人間が負けるのも仕方がない。だけど、ファンは理屈では見ていません。「名人がコンピュータに負けてほしくない」という気持ちはよく分かりますし、そういう思いはプロとして背負わなければいけないと思っています。

ただ、これからAIがいくら強くなっても、人間同士の戦いに魅力はなくならないでしょう。棋士の対局は、お互いの価値観のぶつけ合いです。

対戦する二人の棋士がどういう過程を経て、どういう気持ちでその日を迎えたのか、いろいろなものを背負った中で、最終的な決着がつく。だから同じ人間として感情移入できる。そこはAIにはない魅力だと思います。

――本書のタイトル通り、「名人になる」という理想を現実にした今、新たな目標はありますか。

デビューした頃はファンの方に将棋を見てもらえる機会が少なかった。それに対して、今は僕の人生の中でも最も将棋を見てもらえる時期だと思います。注目してもらえる中で活躍し続ける。それが今の大きな目標です。

そのためには強くなり続けなければいけない。少しでも上に行きたいという気持ちは、名人になった今でもまったく変わっていません。

(取材・文/伊藤和弘)

週刊現代』2017年5月20日号より