巨大ウイルスが生物進化に深く関わっていた!? 研究最前線レポート

生命観がガラリと変わるかもしれない
武村 政春 プロフィール

驚くべきことに、そのゲノムサイズは、現時点で最大を誇るパンドラウイルスのそれ(248万塩基対)には届かぬものの、ミミウイルス(118万塩基対)を大きく上回る157万塩基対もあることが推定された。

さらに驚くべきことに、クロスニューウイルスのゲノムには、なんとくだんのアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子が「19種類も!」存在していたのである。しかもその19種類は、それぞれ異なる19種類のアミノ酸をtRNAに転移する酵素であった。

生物がタンパク質をつくるために使用するアミノ酸は20種類しかない。これはすなわち、あと1種類あれば、生物のタンパク質を構成する全20種類のアミノ酸に対応できる体制が整うということだ。

この論文では、クロスニューウイルスとともに、よく似た3種類のウイルス、「カトウイルス(Catovirus)」、「ホコウイルス(Hokovirus)」、「インディウイルス(Indivirus)」の存在も明らかにされ、それらもまた、多くのアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を持っていた。

さらには、クロスニューウイルスが唯一もっていなかった最後の1種類のアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を、カトウイルスがきちんともっていることもわかったのだ。

すなわち、この新しい巨大ウイルスの一群全体で見ると、生物のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸に対応できる体制が、きっちりと整っていたのである!

なんということだろう。

巨大ウイルスは、生物が使う20種類のアミノ酸に対応できるアミノアシルtRNA合成酵素遺伝子を、すでに手に入れていたのだ。

しかもそれだけでなく、クロスニューウイルスは25種類ものtRNA遺伝子と、20種類以上もの翻訳関連遺伝子(翻訳開始因子、翻訳伸長因子、翻訳終結因子など)も備えていた。

これだけ多くの翻訳関連遺伝子は、ミミウイルスにもパンドラウイルスにも見られておらず、クロスニューウイルスは、現時点で史上最も生物に近いウイルスであるといえるかもしれない。

生物の進化にウイルスは欠かせなかった?

巨大ウイルスの可能性がさらに広がったことに、私はかつてないほどの興奮を味わった。それは、まさに常識外れの巨大さを誇るパンドラウイルス発見の報に触れたとき以上のものだった。

正直にいえば、この大発見が、アメーバなどの宿主を使って環境からウイルスを分離し、培養したうえでその構造やゲノムを解明するという培養系の手法ではなく、メタゲノミクスの手法により成し遂げられたという事実は、メタゲノミクスの有用性に否応なく納得させられたというだけでなく、培養系の研究者である私にとって少なからずショックなものだった。

 

それと同時に、もうひと月『生物はウイルスが進化させた』の刊行が遅ければ、もしくはあと1ヵ月この論文が出るのが早ければ、本書の中にこの驚くべき大発見の顛末が紹介できたろうにと、いささか悔しくもあった。

(ちなみに、もう1ヵ月本書の刊行が遅ければ、2017年にブルーバックス通巻2017号を達成するという淡い目標も成就できたはずだったのだが、そんなささやかな目標は、この大発見の影に隠れ、すっかり雲散霧消してしまったのであった。)

本書のタイトルには、ある含みがもたされている。

もちろん、ウイルス「だけ」が生物を進化させてきたわけでは決してない。生物が生物として存在し、これほど多様な発展を遂げてきたしくみのごく一部に、ウイルスによる作用があったというだけなので、大袈裟といえば大袈裟なタイトルだ。

しかしながら、その「ごく一部」の中にとてつもなく大きな意味が隠れていると、私は考えている。

それこそが「真核生物の誕生・進化」という一大イベントである。

真核生物とは、生物にとって最も重要な遺伝子の本体であるDNAを格納する細胞核をもつ生物で、この真核生物が誕生したことで、現在のような生物の発展が可能となった。その真核生物の誕生と進化に、ウイルスが関与してきたのである。