震災で移転・閉校を余儀なくされた全寮制男子校の笑いと涙の青春

梅佳代『ナスカイ』サイドストーリー
現代ビジネス編集部

先生と一緒に買い食いして怒られる

長い春休みを経て、2011年5月、ナスカイは新宿の兄弟校に間借りする形で授業を再開する。高2に進級した北村さん栗林さんとも、正直「肩身は狭かった」。そして、それまで全寮制で学校の敷地内で暮らしていた彼らは、初めて「通学」「寄り道」というものを経験する。

 寄り道して怒られたのは覚えてる。(学校近くの東京有数のエスニックタウン・新大久保駅近くで)ケバブを立ち食いしてたら海城の先生に怒られた。しかもナスカイの先生と一緒に食ってたんだよ。

 (爆笑)先生は半分友達みたいだった。ナスカイでは、生徒も先生も、全員の顔と名前を把握しているんです。全学年誰でも顔と名前がわかるって、今から思うとレアだったんだな。だいたい、その人がどんな人かとか、趣味と部活とかくらい全員わかってたよね。

 話したことない人いないもんね。学校の中で。

梅佳代photo by Kayo Ume

例え校舎の場所が移転しようとも「ナスカイマインド」は変わらない。新宿での居候生活から1年後の2012年春、東京都多摩市の厚意で、廃校になった中学校の校舎を提供してもらい、ナスカイは正式にキャンパスを移転する。北村さんと栗林さんは高3だったので、中学生用の小便器の位置が低く、用を足す際は引っかけないように気をつけていたという。

更に、桜美林大学の厚意で、同じく多摩市にある大学の寮の一部を提供してもらえることになり、ナスカイは再び全寮制に戻ることができた。「超満員の通学電車から解放されて滅茶苦茶嬉しかった(笑)」(栗林さん)。

寮の部屋は中1から高1は3人部屋、高2、高3は1人部屋になる。高1から寮の運営も生徒が行う。受験生であろうと、寮の運営に引退はない。「受験勉強だけしてる奴はちょっとバカにされるみたいな雰囲気はあったよね。受験勉強だけやってんのはつまんないんじゃない? みたいな」(栗林さん)

寮生活ならではの習慣は「点呼」。特に1日の終わりの21時40分の点呼は重要。この時間にいないと、掃除当番やゴミ拾いといった罰が下され、皆の前で謝罪をさせられ、おっかない先輩に怒られる。その習慣は北村さんと栗林さんの身体に今でも染み付いており、時折21時40分になると時計をチラッと確認するという。

 

ようやく落ち着きを取り戻しつつある彼らの日常に突如として現れたのが、木村伊兵衛写真賞受賞の写真家・梅佳代さんだ。梅さんもメンバーである美術家8人のグループ「ハジメテン」のウェブ連載企画で、学生のポートレートを撮影させてくれる学校を探していたが、交渉に難航していた。

そんな中、「うちの学校はイベント大好きでノリが良いんです。保護者の皆さんとも密に連絡を取っていますしね。それに、震災や移転で苦労をかけている生徒に元気を出してもらえれば」(塩田さん)と、ナスカイが快諾。梅さんをはじめとするカメラマンが、ナスカイの全校生徒を撮影した(こちらからご覧いただけます)。「ハジメテン」の撮影が終わった後も後ろ髪を引かれた梅さんは、引き続きナスカイに通い、生徒たちを撮影することに。