ルペンの正体(3)マリーヌが権力を握り、父と決裂するまで

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父娘決裂

ただ、国民戦線の大衆化が進むに連れて、右翼ポピュリズム政党が抱えるジレンマも浮き彫りになってきた。

現実と妥協して大衆の支持を集め、政権への道を目指すか。大衆に迎合することなく右翼本来の理念を掲げ、一部の人々の間で強い影響力を保つか。そのような路線の対立である。

マリーヌが前者を目指したのは言うまでもないが、それ以前の党を支えてきたのはむしろ後者の人々だった。その中心にいたのが父ジャン=マリー・ルペンである。

路線の違いは、父娘の間に修復できない亀裂を生んだ。そのきっかけは、1987年に一度物議を醸した反ユダヤ発言の繰り返しだった。

2015年4月、ラジオに出演した父ルペンに対し、司会者が28年近く前のガス室発言を蒸し返し、「後悔しているか」と問いかけた(ガス室発言については第2回参照:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51599)。

番組を盛り上げようとした司会者側の挑発だったが、父ルペンは受けて立ち、「全然していない。ガス室は戦争の歴史の中の細部だ」と繰り返した。その後の展開は、1987年と同じである。

「何百万もの死者を細部というのか」

「百万の死者の話ではない。ガス室のことだ」

「何千万もの死者だぞ」

「確認したい。私が話しているのは、死者の数ではない。装置だ」

父ルペンの論理が通じたとは言い難い。抗議の声は、またもやあちこちで上がった。党内からも離党を求める声が出た。

マリーヌ本人も「全く同意しない」と父を批判した。せっかく進めてきた正常化、大衆化路線が無駄になりかねない。彼女にとって許しがたい出来事だった。

 

党内でも父ルペンに対する批判が強まり、彼はこの年、国民戦線から除名された。以後、父は娘への対抗心をむき出しにするようになり、自らの政治団体をつくって活動を続けている。父から娘へと引き継がれてきたルペン家の政治的流れは、ここで断ち切られることになった。

ただ、この騒ぎはマリーヌや国民戦線にとって必ずしもマイナスとも言えなかった。娘の毅然とした態度によって、旧態依然とした差別体質から決別するイメージを打ち出すことができたからである。

「この騒動は結局、父親が娘に送った最後のプレゼントではないか」

左派からは、そんな皮肉も聞こえてきた。

父から受け継いだ路線をあえて否定し、新たな道を切り開く。むしろこうした貪欲さ、したたかさこそが、ルペン家に引き継がれる伝統なのかもしれない。それは間違いなく、2017年大統領選でのエネルギーともなっているのである。(了)