ルペンの正体(3)マリーヌが権力を握り、父と決裂するまで

どうなる仏大統領選
国末 憲人 プロフィール

ジャン=マリー・ルペンの最初の妻ピエレットは政治にほとんど関心がなかった。現在の妻ジャニーは人道支援活動に熱心で、地方選挙の候補者リストに名を連ねようとしたこともあったが、党務にはかかわろうとしなかった。

ルペンが政治の表舞台で注目を集めたのは60歳近くになってからであり、その頃政治にかかわりやすい環境にあったのも、成人した娘たちの世代だった。

長女と次女

ジャン=マリー・ルペンの長女マリー=カロリーヌ、通称カロは、姉妹の中で最も政治に強い関心を抱いていた。

マリー=カロリーヌ三姉妹の長女カロ。1992年〔PHOTO〕gettyimages

10代の頃から党の青年組織に入って活動し、20代ではいくつかの地方選に立候補し、1992年から12年間にわたってイルドフランス地域圏議会議員を務めた。私生活では結婚離婚を経て、党の若手有望株フィリップ・オリヴィエと再婚した。

しかし、策謀家のオリヴィエは、ルペンと袂を分かった国民戦線元ナンバーツーのブルノ・メグレの片腕だった。メグレが1999年に新政党「共和国民運動」を立ち上げた際に、オリヴィエも参加した。カロも夫に従ったため、父娘は激しく対立した。

カロは以後、父や国民戦線と一切の接触を断った。夫オリヴィエはその後国民戦線に復帰し、マリーヌの側近の1人となったが、カロと父親との対立はその後も尾を引いた。

次女ヤンも、党本部で事務作業に携わり、地方選挙の候補者リストに名前を貸すなどで、政治にかかわった。彼女の夫サミュエル・マレシャルも党幹部で、オリヴィエと党内覇権を争った。

2人の娘マリオン・マレシャル=ルペンは、フランス史上最年少の国民議会議員として、党内右派の支持を集めている。

マリオン・マレシャル=ルペン次女ヤンの娘マリオン・マレシャル=ルペン〔PHOTO〕gettyimages

マリーヌは「父親のクローン」

カロ、ヤンに続く三女のマリオン=アンヌ=ペリーヌが、後のマリーヌ・ルペンである。

マリーヌは洗礼名であり、本名ではない。父は役所に「マリーヌ」で届け出ようとしたが、「そんな名前は、フランスにはない」と断られたという。

マリーヌは、三姉妹の中で父と最も親密な関係を築いた。

『ルモンド』の記者クリスチアーヌ・ションボーが記した父娘の伝記『ルペン 娘と父』によると、マリーヌが幼少の頃、母がしばらく家を留守にしたことがあり、その間に父娘は特に結びつきを深めたという。

三人姉妹の中でマリーヌは唯一、父親に遠慮なく言いたいことを言える存在だった。性格も父に似て頑固で、補助輪無しで自転車に乗ると言い張って壁に衝突し、病院に運ばれたこともあったという。

「彼女は父親のクローンだね」

マリーヌについて、母ピエレットはしばしばこう話していたという。