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日本人が実感しづらい「ローマ教皇」絶大なる影響力と苦悩

複雑化する社会の中で…
岡本 亮輔 プロフィール

戦争中の教皇の言動については、現在も盛んに調査研究が行われている。

教皇が明確にユダヤ人迫害を非難していれば、ナチスの蛮行はある程度は抑制されたという見方もあれば、非難することでカトリック教会がナチスの攻撃対象になる可能性があったという見方もある。

当時の教会は、いずれの勢力にも与さない不偏の立場を貫いたとされるが、少なくとも一部においてピウス12世は"行動しない"教皇と映ったと言えるだろう(バチカンの政治と外交については松本佐保『バチカン近現代史』が参考になる)。

一方、フィクションのピウス13世は、多様な価値観や政治的立場が並立する状況を、教会の伝統と形式によって一気に制圧しようとする。複雑な状況を構成する一つ一つの要因に個別に配慮してもきりがない。自分が至上だと信じる価値観に基づいて決断することで、複雑な世界を単純化しようというのだ。

世界が多様化・多元化したからこそ、ピウス13世の型破りな言動はある種の魅力をまとう。

ローマ教皇〔PHOTO〕gettyimages

弾圧は人道に対する罪であるが…

『ローマ法王になる日まで』は、現教皇フランシスコ(本名ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)の半生を描いた作品だ。

ベルゴリオが教皇になるまでの経歴は独特だ。特に先代教皇ベネディクト16世(在位2005~13。高齢を理由に生前退位)と比べると対照的だ。ドイツ人のベネディクト16世は20代で神学博士号を取得した秀才で、テュービンゲン大学などドイツの名門大学で教鞭をとってきた。

枢機卿になってからは、かつては異端審問を担った教理省の長官を務めた。カトリックという巨大制度の中枢に居続けた学者タイプと言える。カトリックの高位聖職者には学究肌の人物が多い。日本では上智大学や東京大学などで哲学や法学を学んでいた人物がいる。

 

一方、フランシスコが大学で学んだのは化学だった。博士号取得のためのドイツ留学も50代にさしかかってからだった。彼の魅力は、アルゼンチンのスラムの人々の支援など、教会と社会の裾野で熱心に活動していたことにある。枢機卿になってからも専用車ではなく公共交通機関を利用したり、質素なアパートで暮らしていたという。

教皇になってからの「教会は野戦病院である」という発言を地で行くような生活をしてきたのだ。こうした点も評価され、1200年ぶりに非ヨーロッパ出身の教皇が誕生したと考えて良いだろう。

ローマ教皇©TAODUE SRL 2015

1936年生まれのフランシスコがアルゼンチンでカトリック聖職者の階段を登ってゆく時期、同国では軍事政権によって「汚い戦争」(1976~83)と呼ばれる弾圧が行われていた。

政権指導者ホルヘ・ラファエル・ビデラ(1925~2013)の指示で、政権を批判する活動家や一般市民が次々と拉致・拷問・殺害された。犠牲者は3万人に及ぶという。映画でも考えられないような弾圧シーンが映し出される。

当時のアルゼンチンのカトリック教会の対応については現在でも批判がある。政権と対立して命を落とした聖職者がいる一方、政権に協力的な高位聖職者も存在した。

映画では両者に挟まれたベルゴリオの苦悩が描かれる。弾圧が人道に対する罪なのは明白だ。しかし、聖職者としていかに行動するべきか、行動するとしたらどのような行動が効果的なのか、ベルゴリオは引き裂かれる。

ローマ教皇は、たとえ意図したものでなくとも絶大な影響を与えてしまう。しかも、背景にあるのは、時として現代の文化や価値観とは一致しない宗教伝統だ。

2つの作品は、複雑化する社会の中で、いかなる政治的倫理的な決断を下せば良いのか、そもそもそうした決断はいかにすれば可能になるのかを考えさせる。

キリスト教徒の少ない日本ではそれほど馴染みがないローマ教皇だが、その重たい聖性と政治性を垣間見てはどうだろうか。