芦毛の怪物「オグリキャップ」その栄光と挫折、そして復活を語る

不世出のスーパーホース
週刊現代 プロフィール

ゴール前100mの熱狂

大川 オグリはファン投票1位で選出されましたが、当日の単勝は4番人気。競馬中継に出演していた大川慶次郎さん、元調教師の野平祐二さん、井崎脩五郎さんらの解説者も、誰も「オグリが勝つ」と言いませんでした。

竹山 ファンからすると買えない馬券ですよね。2回続けて惨敗して、しかも引退レース。でも、ジョッキーは武豊。

瀬戸口 ユタカに騎乗依頼したのは、オーナーからの要請でした。安田記念で乗って勝っているから、もう一度頼もうじゃないかということで。

大川 あのとき武豊は騎手になってまだ4年目の21歳でしたが、既にトップジョッキー。それでもやっぱり「負けるかも」という気持ちが大きくて、「負けたら実況席でどんなコメントをしようか」などと考えていたんです。

ところが、4コーナーから上がってきて、直線では先頭に立った。あとは、「オグリ、オグリ」と連呼していました。

瀬戸口 私もゴール前の100mは声をからして応援しましたよ。先頭でゴールした瞬間の感激は言葉では言い表せません。それまでのことが頭を過り、なんとも言えない気持ちになりました。

 

竹山 解説の大川慶次郎さんは、「ライアン、ライアン」って自分の本命馬を叫んでいましたね(笑)。

大川 あれは、私の実況マイクに、隣にいた慶次郎さんの声が入ったんです。翌日の『笑っていいとも!』で、明石家さんまさんが、「みんながオグリを応援しているのに、なんであそこでライアンを応援している人がいるんだ」と突っ込んだものだから、競馬を知らない人にも知れ渡り、あのレースがますます有名になりました。

私は番組の最後に、ディレクターから急に「オグリキャップの引退だから1分間何か言え」と言われて困った挙げ句、「どんな相手と戦っても淡々と仕事をこなしたサラリーマンの鑑です」とか変なことを言っちゃったんです(笑)。

瀬戸口 騎乗したユタカも上手く乗ってくれた。ペースが遅かったので、早めに仕掛けて、4コーナー手前から上がっていきましたからね。

竹山 まさにユタカマジックでした。

大川 武豊が、この有馬記念を振り返って、「オグリが自分でストーリーを書いたんじゃないか」と言っていますが、私もそう思います。

竹山 オグリには笠松時代を含めるとじつに9人の騎手が乗っています。しかも、そのほとんどが東西のトップジョッキーたちでした。そんな馬はなかなかいません。引退するまでに馬主も2度変わっていますし、そういう意味では、波乱万丈の現役生活でしたね。

瀬戸口 最初のオーナーの小栗孝一さんは中央競馬の馬主資格を持っていなかった。それでもオグリの名誉のために、自分の手から離れるにもかかわらず、中央移籍を決断した人です。ですから手放してからもずっと応援に来ていましたね。

大川 引退式は笠松、京都、東京の3ヵ所でやりました。

瀬戸口 笠松では町の人口よりも多い人が押し掛けたそうです。

大川 オグリにはファンの気持ちがわかっていた気がします。王さんも、長嶋さんも、ファンが打って欲しいときに必ず打ったからスーパースターだったわけですが、オグリもそれと同じでファンが見たいレースを見せてくれる馬でした。

最後に勝って欲しいと願い、中山競馬場にやってきたファンの期待に応えた。本物のスーパーホースでした。

竹山 引退から四半世紀以上過ぎたいまもオグリのことが話題になるのは、「オグリキャップみたいなスーパーホースにまた会いたい」と、我々がどこかで求めているからかもしれませんね。

瀬戸口 亡くなる1ヵ月ほど前に北海道の牧場に行く機会があって、オグリに会いにいきましたが、全身真っ白になって、本当におじいちゃんになっていました。

自分の管理馬で初めてダービーを獲ったときもうれしかったけれど、あれだけ人を泣かせたり、喜ばせたりした馬はほかにいません。私にとってオグリは、やっぱり特別な馬でした。

瀬戸口勉(せとぐち・つとむ)
36年、鹿児島県生まれ。日本中央競馬会の元騎手、元調教師。調教師時代、オグリキャップ、メイショウサムソンなどの活躍馬を多く管理
大川和彦(おおかわ・かずひこ)
47年、東京都生まれ。'71年にフジテレビに入社し、アナウンサーに。ラストランを含めオグリキャップのレースで多くの名実況を残す
カンニング竹山(かんにんぐたけやま)
71年、福岡県生まれ。本名竹山隆範。現在はバラエティーやドラマ、映画など幅広く活躍中。芸能界きっての競馬好きとして知られる

「週刊現代」2017年4月29日号より