「地方は観光で稼ぎなさい」という号令が、甚だ見当違いである理由

「学芸員はがん」発言の根底にあるもの
山下 祐介 プロフィール

中央と地方、都市と農村、そして経済と暮らし、仕事の時間と余暇の時間のバランスがあまりにも一方に偏ってしまったのが、現在の日本社会が抱える問題の原点である。今必要なのは、これ以上効率化を進めて切り詰めるのはやめること、適切な余裕を十分に確保することだ。

観光文化は余裕から生まれる。そして余裕が新しいアイデアや発見を生み、イノベーションを育むのである。

日本の観光を支えているもの

いま、観光に稼ぐ産業への転換が求められている。だがそうした転換は、この国そのものの衰退につながるだろう。むしろ余裕を持った観光、交流が促進されることで、行き詰まったこの国の経済を突破する適切な視点やアイデアが生まれてくるのではないか。

私は、そもそも観光に限らず、すべてに「稼ぎ」を強要するこの国の今の雰囲気に不安を覚える。「稼ぐ」ことだけが求められる国。そんな国、そんな暮らしに何の魅力もあるまい。

 

そして、本物の観光を目指す試みは、この数十年来、日本の各地で様々に試され、蓄積されてきたものでもあった。私もこの10年来、津軽学や白神学といった運動にかかわってもきた。そしてそこには学芸員たちの姿もあった。その他、様々な人々の地道な努力や活動が、今の日本の観光を支えているのである。

それは「やれ」といわれて進めたものではない。観光は楽しいものだからだ。余裕さえあれば、観光コンテンツは放っておいてもどんどん育つ。我が国はそういう国である。

そうした努力への評価や自生的な成長への気配りを忘れ、それを直接的に金儲けをしていないからといって「お前ら金儲けの努力をしろ」というのでは、とくかく「税金を持ってこい」と、そういう話になりはしないか。

そもそも稼ぐ人がいれば、その稼ぐことを支える人がいるのである。「稼ぐ」ことそのものも、直接その金儲けをした人だけで実現されているものではないのだ。その稼ぐ条件を整える根幹のところに、政府や行政の役割もある。だから政治家や行政官庁に私たちは税を納めているのだ。

この国がきちんと稼げなくなっているのだとしたら、それはその条件づくりに何か失敗しているからである。私たちはもっと、社会がどのように動いているのかを知らなくてはならない。