南スーダンで私たちが思い知らされた国連PKOの「限界」

それでも日本は情勢悪化を認めない…
栗本 英世 プロフィール

UNMISSは「遠い、知らない存在」

UNMISSの規模と任務は、南スーダンの政治状況の悪化に伴い変化した。

2013年12月の内戦勃発直後には、5000名の増員が決定され、全体で1万3000名規模になった。内戦で、市民に多数の犠牲者が発生した結果、2014年5月には、平和維持や平和構築に代わって「市民(住民)保護」が最重要の任務になった。

安保理決議には「その暴力の源にかかわらず、物理的暴力の危険にさらされた市民を保護する」と明記されている。これは、中立であるべき国連として、かなり踏み込んだ決定だ。つまり、市民を保護するために、政府軍、反政府軍、および民兵を含む各種軍隊と交戦する可能性が想定されているのである。

内戦再燃後の2016年8月に、安保理は4000名規模の「地域保護部隊」を新たに派遣することを決議した。この部隊の目的は、首都ジュバに駐屯し、市内と周辺地域の治安を確立・維持し、2016年8月に調印された和平合意が実施される環境を整備することである。

しかし、南スーダン政府との交渉は難航し、いまだに派遣は実現していない。また、合計4000名の部隊を派遣する国々も確定すらしていない。

私のような、南スーダンと長年かかわってきて、現地をよく知る研究者や国際NGOの専門家、およびジャーナリストのなかでは、前身のUNMISも含め、UNMISSに対する評価は一様に低い。

なぜなら、平和維持、平和構築および市民保護のどの分野をとっても、十分な成果をあげているとは言えないからである。そもそも、国連が、毎年1000億円以上の予算と多数の人員を投入し、PKOを展開することに、はたして意味があるのかという疑問があった。

とりわけ、2013年12月以降、現在に至るまで、南スーダンが内戦状態に陥っていることは、国連PKO活動の失敗を明確に示していると考えられる。

それでは、南スーダンのふつうの人びと、市民や村人たちは、UNMISSのことをどう評価しているのだろうか。

 

南スーダンには世論調査が存在しないので、正確にはわからない。私が過去40年間近く付き合ってきた、東エクアトリア州に居住するパリという民族の人びとの場合は、一口に言ってUNMISSは「遠い、知らない存在」である。

約100キロメートル離れた州都には、UNMISSの部隊が駐屯しているが、パリの村々を訪問する機会はごくまれである。ほとんどの人びとの日常生活に、UNMISSがかかわることはない。

CPAの移行期間中(2005~2011年)、2010年には総選挙が、2011年には南部スーダンの住民投票が実施された。

いずれにおいても、数千の投票所が、道路が満足に通じていない原野、湿地や山岳地帯の村々にも設置された。すべての投票所に、投票箱や投票用紙、投票所の職員や選挙監視の要員を安全かつ確実に輸送するのは、きわめて困難であった。

UNMISは全面的に協力し、ヘリコプターや車両をフル回転させて輸送を支援した。これは、UNMISの主要な貢献のひとつである。総選挙と住民投票のときには、パリの村人たちも、UNMISの恩恵を受けたのだった。