ルポライターの鈴木大介さんと、「大人の発達障害さん」のお妻様(元・彼女様)の山あり谷ありの18年間を振り返る本連載。一時は精神科で処方された薬の副作用で彼女様の体調は最悪になったものの、見事断薬に成功、バイトにも通えるように。しかし暴走は止まらない!
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担当医の勧めに従ってバイトをはじめ、驚くほどの力強さで精神科処方薬の離脱症状と戦い抜き、見事自力での断薬に成功した彼女様。同時にリストカットの頻度は減っていき、彼女様の手首からは1本1本とかさぶたが消えていった。
薬の副作用で常にフニャフニャになっていた彼女様の目に以前の眼力が戻り、会社で数々の糞伝説を作り続けていた頃の活力が戻って来た。ついでに手のつけられない奇行もカムバックして来たが、僕の中では何よりも「あの彼女様が戻って来た!」という喜びの方が大きかったように思う。
暑い日も寒い日もふたりでボロスクーターに2人乗りして隣町の精神科に通い続けた日々。「覚悟を決めた」とはいえ、本当に一歩間違って彼女様が死んでしまったらどうしようと怯える日々との別れ。
それまでの、メンタルを病んだ交際相手を見捨ててきたという挫折感や罪悪感が完全に拭えたわけではなかったけど、二人三脚で辛い日々を闘い抜いたという強い達成感と、それまで感じたことのない深い絆の暖かさに浸って……。
浸っていられるほど、彼女様は甘くなかった。精神科とリストカット卒業、そしてバイトの開始と同時に、彼女様のカオスっぷりは一層激しく暴走するようになった。
はじめのころこそ自宅アパートから2㎞ちょっと離れたバイト先の複合型大型書店へバイクで送り迎えしていたものの、そのうち自分の給料で水色のママチャリを買ってきて、自力で通うようになった。
時給は安くて週に5回シフトを入れても月収は9万円ほど。そのうちの幾分かは猛烈に渋い顔をしながら生活費として家に入れててくれて、逼迫していた家計には涙が出るほど嬉しかったが、残りの給料はすべて彼女様の暴走する謎の収集癖に費やされることとなった。
初給料は可愛い服でも買うのかと思っていたら、満面の笑みで買ってきたのはソニーのPS2。それを皮切りに、広くはないアパートのあらゆるところに、物が満ち溢れていった。
CD売り場の店員という職権を縦横無尽に乱用したサンプル版CDやゲームソフトや限定版ほにゃららの数々が山を成し、商業・同人、少女系からエロまでジャンルを問わないコミックが床を満たし、脱ぎ捨てた服も絡まって寝室の畳を覆っていく。
さながら原作版『風の谷のナウシカ』の粘菌兵器のごとき浸食力である。というかあれは粘菌である。
ちなみに枕元の畳に宝物のように積まれていくのは、カルト人気のあるホラー漫画家、伊藤潤二先生の作品コレクションだった。悪夢見るわ!
お願いします。物を床に広げないで、せめて積み重ねて上に伸ばしていきましょう。見かねてカラーボックスを買い足して本棚を作れば、全蔵書を収納するには積み上げたカラーボックスが六畳間の一辺を天井まで届く高さになってしまった。さて地震で倒壊するのが先か、畳の下の根太が落ちるのが先か。
そんな中で楽し気に通巻物のコミックを端から奇麗に並べてくださるの彼女様なのだが、その蔵書を少しでも僕がいじると「漫画読んだでしょ? 元に戻せや!」って君、あのカオスの中でどんな変化を察したというの。
暴走するのはコミック方面だけではない。実家に帰るたびに、ベータ版ビデオデッキやら巨大なぬいぐるみやら生活に不要な大物を持ち帰ってきやがる。初代からアドバンスまで、ゲームボーイだけで何台必要なのですかあなたは?
何やら高額なファッション誌らしきものを大量に買い込んでいると思えば、その後に間違った方に尖った女子服の殿堂となった『ゴシック&ロリータバイブル』をはじめとするエッジなファッション誌の数々だ。
いや、こういう系は色白ふんわり内股ちゃんの特権であって、彼女様のようなガニ股ダッシュ系にはちょっと似合わないんじゃないかな~などと余計なことを言ったことで、変なスイッチが入ってしまったのだろうか。
あっという間に彼女様の両耳にはピアスの穴が合計9か所になり、それでも飽き足らずに唇、舌、ヘソにまで増殖。缶バッジじゃらじゃらの帆布カバンを肩になびかせ、鉄板入りのエンジニアブーツで武装してママチャリでバイト先に爆走するパンクなお姉さんになってしまった。