生誕120年・三木清の「読書論」が教えてくれたこと

「読書」には二つの読書がある
大澤 聡

「読書論」の翌月から連載された「読書遍歴」(1941~42年)のなかで次のように回想している。「[西田]先生の書かれたものを読むと共に、その中に引用されている本をできるだけ自分で読んでみるという勉強の仕方をとった」。いわば計画的読書だ。が、その羅針盤が西田であるのは偶然にすぎない。

一高時代に古本屋で手にした『善の研究』が三木に「哲学をやることを決心させた」(「我が青春」)。以来、人生の指針にすえる。そうやって偶然は必然となる。ここには三木の歴史観が凝縮されている。

 

三木が下鴨の蓼倉町に下宿し毎日大学に通った3年間、西田はのちに『意識の問題』として結実する論文を書き継いでいた。内容は日々の講義にも反映されただろう。三木は「悪戦苦闘しながら先生が体系家として生長された時代」と評している(「西田先生のことども」)。哲学生成の現場に立ちあっているという実感をもっていたはずだ。大学はそうした場として正常に機能していた。

初対面のあと、三木を送り出しながら西田はこう言いそえた―「また時々遊びに来る様に」。入学後、三木はたびたび西田を訪問することになる。「読書論」では本との「対話」が強調されるが、三木は人物と書物とを往還しながら対話的に哲学を吸収していく環境を手にしていた。

さて。“生誕120年”にちなんで『三木清教養論集』『三木清大学論集』(講談社文芸文庫)を編集した。そこに収録した「教養」と「大学」をめぐる論考なりエッセイなりはどれも三木のこうした原体験に支えられている……なんていえば三木個人の話になってしまいそうだけど、実際には批評精神を育成するうえで有益な、ごく実践的で汎用性の高いアドバイスがそこかしこに大量に詰め込まれている。

この機会に読書人のみなさんにお手に取っていただければと願う。

ファシズムが台頭する昭和初期の日本社会で、のびやかに思考し時代と共に息づく教養の重要性を説いた孤高の哲学者、三木清。読書論・教養論・知性論の三部構成で、その思想の真髄に迫る。
吹き荒れる時代の逆風の中、真理を追究する勇気を持ち続けた哲学者、三木清。時代の流れに大学は、学問はいかなる力を持ち得るか。学問論・教育論・制度論と補論の構成で、「大学」の真の意義を問う。

読書人「本」2017年5月号より