「46人殺傷事件」その法改正は誤りだと、声を上げてもいいですか?

ある精神科医の警鐘
田中 圭太郎 プロフィール

<野田氏のいう「不正な申請によって指定医になった医師」とはどういうことか。

話は2015年にさかのぼる。この年、聖マリアンナ医科大学病院の医師が、国家資格である精神保健指定医の認定を申請する際、自分ではなく他人が診察したケースレポートを提出するなどの不正をしていたことが2015年に明らかになり、精神医療界を震撼させた。

厚労省は2015年に不正に申請した医師11人と、指導した医師12人のあわせて23人を指定医の取り消しと医業停止処分とした。

その後厚労省が調査したところ、新たに全国で99人の指定医が不正な申請に関わっていたことが、植松被告が事件を起こした後の昨年10月に明らかになったのだ。

「指定医の取り消し処分」になったのは、申請した医師49人と指導した医師40人。不正申請をしている最中だった医師が4人いたほか、取り消し処分が出る前に不正を認めて指定医の資格を辞退した医師も6人いた。

措置入院をすべきかどうかの診断は、指定医にしかできない。実は、植松被告を「大麻精神病」と鑑定した医師は、自ら資格を辞退した6人のうちの1人だったことが、事件後に発覚した。野田氏は「措置入院をすべきかどうか判断する資格のない医師がこれを行ってしまった。これが問題だ」と指摘したうえで、こう続ける。>

さらにひどいのは、国が立ち上げた検討チームが、中間とりまとめ報告の中でこの指定医による鑑定を「標準的な判断であったと考えられる」と記していることです。

資格を欠いた指定医が間違った診断をし、続く北里大学東病院の医師たちも適切な臨床を行わなかった結果、19人の命が奪われたわけです。この段階で正しい診断がなされていれば、植松被告はもう少し長期の入院となり、適切な処置が施され、症状が改善された可能性があります。

しかし、国はそのことを深刻に捉えず、「標準的な判断だった」と書いている。この医師の診察や治療に問題はなかったと言っているのです。

精神科臨床の誤りに焦点が移れば、北里大学、県、厚労省の責任も問われる。かわりに報告書は言い訳を並びたてたうえで、「措置入院解除後の関係機関との連携が、個人情報保護の観点から分断されていた」と問題をすりかえ、今回の法改正に誘導しています。いわば、結論ありきで書かれたものなんです。

あの時、治療を行っていれば…

私は、相模原事件が起きた最大の原因は、2016年2月に植松被告が措置入院した際に、適切な治療が行われなかったことにあると思っています。前述の通り、ここで治療をしっかり行っていれば、彼の症状は改善し、事件を起こさずにすんだのではないか。つまり市民とマスコミは、病院医療の責任を追及すべきだったのです。

実際、検証チームの中間とりまとめによると、北里大学東病院は植松被告の入院中、経過を観察していただけで、「大麻使用による脱抑制」が彼の症状の原因だと誤って判断したことがわかっています。これも先述の通り、「大麻使用による脱抑制」の状態では妄想を持つことはありません。

では、入院させた担当の医師は、何をしなければならなかったのか。

 

手紙に書いてあったような、重度障害者を殺すべきだという考えは、いつ思いついたのか。どういう状況のなかで、そんなことを考えるようになったのか。教師を目指しながらなれなかったうっ屈は。やまゆり園での待遇や給与についてどう思っていたのか。障害者を抹殺するという考え方が常軌を逸すると一応思っているようだが、その判断はどこからくるのか。なぜ衆議院議長に手紙を渡そうと思ったのか……。

彼の生活史に分け入って、そういうことを聞いていかなければならなかった。それが精神科医の仕事です。この人がどこで行き詰って、それを妄想で乗り越えていこうとする考えがどこから生まれてきたのかを分析するのが、本来の精神科の治療なのです。

治療を通して、患者は自分の特異な考えを振り返りながら、生き方を反省し、妄想から抜け出すことができるようになっていきます。

日本にまともな精神医療がないという問題――それこそが今回の痛ましい事件から考えるべきことなのに、「措置入院後の支援体制の問題」と「障害者差別の問題」にすり替えて処理しているのです。