手厚い介護で、あらゆるリスクから遠ざけてくれる――優良な老人ホームとはそんなところだと想像している人も多いだろう。だが、それは明らかに誤解だ。
石橋春子さん(87歳、仮名)は昨年から老人ホームに入っている。
「3年前に夫を亡くし、一人暮らしをしていたのですが、どうにかこうにか身の回りのことはできていました。ところが息子夫婦が一人で転ばれたりしたら心配だからということで、ホームに入れてくれた。
すると生活がガラッと変わりました。施設は広いですし、転ぶと危ないからと言われて、車いすを使うようになった。杖を使えば十分歩いて移動できるのに、それでは食事の時間にまにあわなくなってしまって施設の人たちに迷惑がかかります。歩行訓練室などもあるのですが、何も理由がないのにただ歩くというのも続きません。
結局いつのまにか、自分の力で立ち上がるのが億劫になり、車いすが当たり前の生活になってしまいました」
東京都豊島区、要町ホームケアクリニックの吉澤明孝院長も、施設に入ると歩けなくなる人が多いと語る。
「歩けないといっても、本当に歩くことができないのか、周りが歩かせないのかという問題があります。『歩かせない』ことで、本当に歩けなくなってしまうことが予想以上に多いのです。
高齢者でなくても1週間も寝たきりになっていれば、筋肉が萎縮して歩けなくなります。それでも若ければ1~2週間で回復しますが、高齢者の場合は1週間寝ていると歩き始めるまでに3~4週間はかかります。動けるようになるには寝ていた日数の3倍はかかるのです」
老人ホームで風邪を引いたりすると安静にしてくださいと寝かされることが多いが、可能ならできるだけ早めに起き上がることが、足の力を失わないためには重要だ。