タモさんもビックリ!?「猫の目」で歩くと街はこんなに隙間だらけ

猫ストーカー、護国寺に現る!
浅生 ハルミン プロフィール

空襲をまぬがれた町

親子が自転車を立ち漕ぎでゆっくり追いこしていく。

「この服、楽だよ」と、中学生くらいの男の子が言うのが聴こえた。

「そうでしょう、固い生地のズボンはだめね」

お母さんらしき人が答えていた。

なんのことだろう。もしかして、立ち漕ぎするときに足の運びが楽だと言っているのだろうか。毎日毎日、長い登り坂を立ち漕ぎするうちに、地形に合った暮し方というのが服装にまでおよんでいるのかもしれない、などと思った。
 
おばあさんが階段から階段を渡り歩いて出かけていった。横にスライドする階段の昇り方を見たのは初めてだ。ポストは玄関ではなく階段のふもとに置いてもらわないと郵便局の人は大変そう。

photo by Harumin Asao

そしてこの界隈に暮らす人たちは太ももの筋肉が鍛えられるし、金比羅さんにお参りしても「なぁんだ、うちのほうと似てるわね」と思うかもしれない。今日だけ階段銀座に迷い込んでいる私は、明日は筋肉痛の予感がする。ふくらはぎをぐうで叩いてとろとろ歩いた。

 

階段見物をしながら登り坂の小径を上がりきると、いろいろな店が立ち並ぶ賑やかな春日通りに出た。

ここから見ると、歩いてきた小径は谷底の下道。並走した尾根にあたる春日通りに出るには、下道をぐるっと迂回するよりも、階段のほうがうんと近道。とくに階段の途中に家のある人には便利にきまっている。

勾配や狭小というその土地ならではの事情が、階段町をつくっていた。この町の階段は、家と家の隙間が生かされた濃密な隙間だった。

すき焼きが食べたくなった。家と植栽の混み具合が、焼き豆腐と春菊を投じたすき焼き鍋と似ていたからかな。もう夕方。

家に帰って昔の地図を開いた。『コンサイス 東京都35區 區分地圖帖 戦災消失区域表示』によると、この界隈は空襲をまぬがれて焼け残った町だそうだ。

「私の中の猫」に導かれ、猫のいる町、路地を行く。猫の目になったつもりで歩くと、いつもの散歩道も違った景色に見えてくる。猫のパトロールのように、抜き足差し足、ぐるっと回って見てきたことを綴る、町歩きエッセイ。著者自筆のイラスト多数収録。文庫化にあたり、最新エッセイを追加収録。
浅生ハルミン(あさお・はるみん)イラストレーター、エッセイスト。1966年三重県生まれ。主な著書に『猫の目散歩』(中公文庫)『三時のわたし』(本の雑誌社)『猫座の女の生活と意見』(晶文社)『猫のパラパラブックス』シリーズ(青幻舎)など。『私は猫ストーカー』(中公文庫)は2009年に映画化されて話題となる。趣味は古本とこけしと猫。街をすり抜けて遊ぶ猫は隙間的存在そのものだと思っている。