# 歴史

佐藤優が薦める日本国と日本人の特徴を知るための最良のテキスト

この国の「原理」は何か
佐藤 優 プロフィール

〈一つの宗派に志ある人が、他の宗派を謗り蔑視することは大きな間違いである。人の機根もいろいろであるから、教法も「無尽」で多種多様である。ましてや自分の信じている宗すら明らかにしないで、いまだ知らない他の宗を謗るの、この上ない罪業である。

自分はこの宗に帰依するが、他人は別の宗を信じており、ともに分に応じた利益があるのである。これもみな現世だけの巡り会いではなく、深い仏縁によるのである。

一国の君主や、これを補佐する人ともなれば、もろもろの教えを捨てず、機会を逃さぬように利益の広まるように心がけるべきである〉

 

多元性と棲み分けの世界

自分の信じている宗教が何であるかもよく知らずに他人の信じる宗教を誹謗することを親房は厳しく批判している。宗教的差異が国家と社会の分裂をもたらすことを親房が自覚しているからだ。

さらに多元性と棲み分けの論理を社会のあらゆる分野に導入せよと親房は主張する。

〈また仏教にかぎらず、儒教・道教をはじめさまざまの道、いやしい芸までも興し用いることこそ聖代といえるのである。男は「稼穡」(五穀を植え、農耕に励むこと)に努めて、自分が食べるばかりでなく、他人にも与えて飢えることのないようする。女は糸を紡ぐことを仕事として、自分が着るばかりでなく、他人も暖かにする。

賤しいことのようにも思われるが、これが人倫(人間生活の基本となる大切なこと)の根本なのである。天の時(自然の運行)に従い、地の利(自然からの恵み)に依った営みなのである。

このほか商業で利を得る者、手工業を得意とする者、また仕官を志す者もある。これらを四民という。

仕官する者にも文と武と二つの道がある。坐して道を論ずるのは文士の道であり、これにすぐれたものは宰相となることができる。戦場に赴いて功を立てるのは武人の仕事であり、この道で功績があれば将となる資格がある。

だからこそ、文武の二つは、片時も捨てるべきでないのである。「乱世には武を右にし、文を左とする。平時には文を右とし、武を左とする」という[昔は右を上と考えたので、このようにいうのである]〉

新自由主義的な競争原理が社会全体を覆っていることによって疲れ切っている現代の日本人にとって、親房が説く多元性と棲み分けの世界は魅力的だ。

週刊現代』2017年4月22日号より