ビートたけしと緒形拳を巡る、奇妙な「因縁」

主演ドラマ『破獄』今夜放送!
近藤 正高 プロフィール

脚本家の旧版『破獄』への思い入れ

池端は、脚本家の馬場当に師事、1975年には映画監督・今村昌平の創設した横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)のスタッフとなっている。その後、映画『復讐するは我にあり』(1979年)で馬場と共同脚本を担当するなど、今村の監督作品にたびたび携わった。

池端の出発点において今村昌平の存在はきわめて大きかったといえよう。

『破獄』の脚本を手がけた山内久もまた、今村とは映画『幕末太陽傳(でん)』(川島雄三監督、1957年)で共同脚本を手がけたのち、『豚と軍艦』(1961年)など今村の監督作品でもたびたび脚本を担当している。そう考えると、NHK版『破獄』は、池端にとって今村組の大先輩が手がけた作品と位置づけられる。

緒形拳と池端の関係にいたっては、山内以上に深いものがある。

前出の映画『復讐するは我にあり』で主演を務めたのはほかならぬ緒形であり、以来、池端は『羽田浦地図』(1984年。向田邦子賞受賞)をはじめ、『虹のある部屋』『海の群星』(1988年)、『百年の男』(1995年)、『翔ぶ男』(1998年。以上いずれもNHK)など緒形主演のテレビドラマを多数手がけている。

池端俊策にはいま1人、緒形拳と並び、繰り返し脚本を提供してきた俳優がいる。それがほかならぬビートたけしだ。先にあげたたけし主演の『昭和四十六年、大久保清の犯罪』も、『イエスの方舟』や『あの戦争は何だったのか』も、いずれも池端が脚本を手がけている。

とりわけ『大久保清の犯罪』は同じく1983年に公開された映画『戦場のメリークリスマス』と並び、たけしをシリアスな役も演じられる俳優として世間に周知させたエポックメーキングな作品だ。

こうして考えるにつけ、今回、かつて緒形が主演したのと同じ原作を、役は違うとはいえ、たけし主演でドラマ化するということに、池端の格別の思い入れを感じずにはいられない。

 

たけしと緒形拳の奇妙な因縁

じつは、ビートたけしと緒形拳にはちょっとした因縁がある。

そもそも『戦場のメリークリスマス』でたけしが演じたハラ軍曹の役は、撮影の前年の1981年の段階では、緒形拳が有力候補としてあがっていたという。それが、緒形が翌82年のNHK大河ドラマ『峠の群像』で主人公の大石内蔵助を演じることになったため流れる。ここで監督の大島渚が思いついたのが、たけしを起用するアイデアだった。

『戦場のメリークリスマス』は1983年に公開され、同年のカンヌ国際映画祭ではグランプリの下馬評も高かった。しかし実際にグランプリに選ばれたのは、今村昌平監督の『楢山節考』で、たけしをおおいにくやしがらせる。

奇しくも『楢山節考』の主演は緒形拳であり、助監督として池端俊策も参加していた。この年、たけしが池端の脚本で『大久保清の犯罪』の主演で注目されたことを思えば、何とも不思議な巡り合わせというしかない。