なぜ地方都市に「TSUTAYA図書館」が次々とつくられているのか?

人口減少と消費社会化のなかで…
貞包 英之 プロフィール

図書館の「伝統」への反旗

多くの人の反感を買っているのも、実はそのためである。

TSUTAYA図書館には、さまざまな問題が取り沙汰されてきた。本の分類や購買の仕方、利用者についての情報管理のずさんさ、郷土資料に対する雑な扱い、非正規を中心とした図書館員雇用の仕組みなど……。

ただし実はこれらは、図書館業界全体の問題ともいえる。指定管理者への委託や図書管理の外部への依存を進めるなかで図書館は多くの困難を抱えている。にもかかわらずTSUTAYA図書館だけがとくに業界の目の敵にされていることの核心には、「滞在」を特権視したその設計思想があるように思われる。

そもそもTSUTAYA図書館が図書の分類・整理や情報の秘匿、さらに図書館員の雇用を軽視するのも、「滞在」環境をより良くするためといえよう。利用者にとってできるだけ快適で、居心地のよい空間を目指して、本の管理や図書館員の安定雇用、利用者のプライバシーまでもが犠牲にされる。

問題はこれまで図書館が、「滞在」を軽視してきたことである。図書館に今なお影響力を振るっている理想に、1963年の『中小都市における公共図書館の運営』(『中小レポート』)や1970年の『市民の図書館』で唱えられた市民に奉仕する図書館という像がある。

具体的には、「貸出」を中心とした「サービス」によって、普段は図書に触れない人に仕えることが、中小の図書館の最大の役目とされてきた。そうした「貸出」を拡大していくために、蔵書を最適化し、またレファランスの専門家を配置することなどが主張されてきたのである。

だがその裏返しとして、座りにくい椅子や使いにくい机を、多くの人びとが奪い合う現在の惨状も生まれている。学生や暇のある老人など一部の人を優遇できないという理由から、「滞在」は軽視されてきた。むしろ長時間の「滞在」を難しくするように、図書館の設備は(ホームレスを排除する街のベンチのように)貧弱にされているとさえいえる。

TSUTAYA図書館は、こうした図書館の「伝統」に反旗を翻した。

たんに貸出を目的とする人にとって、それは蔵書も貧弱で、本も探しにくい図書館でしかない。滞在のための時間的余裕があり、何ならスターバックスでコーヒーを買う金銭的余裕がある者が、その図書館のむしろターゲットになっているのである。