人間には「うつ」と「喪失体験」が必要不可欠である理由

忖度依存社会を乗り越える
堀 有伸 プロフィール

「忖度」のコミュニケーションが成立しない場合に、その原因は、往々にして当事者の中の誰かの人格的問題であるかのように体験されやすい。このことの心理的な弊害も大きい。

誰か一人に責任が押し付けられ、スケープゴートにされることが起きやすいだろう。そうでなくとも、他罰に向かえば過剰な恨みや攻撃性、自罰に向かえば強い卑下や自責が生じ、自殺のような事故のリスクを高めてしまう。

さらに言うならば、「忖度」のコミュニケーションは、背景を共有しないメンバーが混じった場合には正確さとスピードを欠くので、変化の早い状況に対応できなくなる。

今後の社会において「うつ」にとらわれずに生きていくためには、「忖度」に依存し続けることをやめ、明確な言語で自らの意図や欲求を表現した上で他者と行うコミュニケーションを増やしていくことが必要である。

しかしその時に必要なのは、「忖度」によるコミュニケーションを劣った間違えたものとして切り捨てることではない。

このコミュニケーションの原基は、幼児が母に向ける期待である。このコミュニケーションこそが子どもであった自分を支えて育ててくれたものであることを感謝し、それに背を向けることを償いたいという気持ちを持ちながら、より明確な言語表現を用いたコミュニケーションへと移行していくことであろう。

そこには、痛みと悲しみがともなっている。