日本政府は本当に「東芝メモリ」を救うべきなのだろうか?

技術流出の懸念は分かるけれど…
田中 博文 プロフィール

経営責任まで追及するのが筋

また、もうひとつの懸案事項である米原子力子会社、ウエスチングハウス(WH)が28日にも米連邦破産法11条の適用を申請することで、東芝はWHに対する約8000億円の債務保証を全額履行する方針で、全体では1兆円の水準になるという。

そうなるとおそらく、今月14日の未監査で開示された損失額を上回る可能性は極めて高く、仮に東芝メモリが技術流出懸念により、海外投資家への売却が変更・中止となった場合、東芝再生のスキームが根底から崩れることになる。

おそらく、そうならないように、政府が東芝メモリに一部出資するなどの方法が検討されるのであろうが、その場合は、政府は東芝本体の株式も取得し、残された原発部門も含めてその経営責任をしっかりと取らせる必要があるのではないか。

 

私は市場の生き残りは、あくまで経済合理性に長けた民間同士の判断に任せるべきであり、その結果、淘汰される企業が出てくること自体はある程度やむを得ないし、そしてそれが市場が健全である証左だと考えている。

競争力を失っていく一企業、産業を存命させるのが政府の役割ではない。そこに雇用されている人間を速やかに有望市場にシフトさせ、その社会保障制度を整備するのが政府の仕事だ。 あくまで救うべきは個人であって、企業ではない。

今回どうしても、技術流出阻止のために、政府が救うというのであれば、技術のある会社、大きな会社なら政府に救済してもらえる、というようなモラルハザードが起きないように、東芝の経営陣にはその責任をしっかりと取ってもらう必要があると考えている。