日本は兵器開発の最前線にいなければダメ~戦争漫画家が語る国防論

“戦える”のに“戦わない”が理想だが…
かわぐち かいじ, 三田 紀房

リアリティーとエンターテインメント

――お二人が軍事漫画を描くにあたって苦労している事はありますか?

三田: 私は資料用にプラモデルを沢山作るんですが、私が作ると、部品が余っちゃう。まず、全体のイメージ重視で、もう一刻も早く完成品が見たいから、エイヤって作っちゃう。兵器が持つ機能美、フォルムの格好良さ優先で、接着剤とかはみでても気にしない(笑)。

かわぐち: 私もそうですね。さすがに部品が余ったりしないけど(笑)、すごく適当。作品でも、画面のインパクトを重視して漫画を描いているので、リアルさを追求するスタッフと時々衝突するんですよ。

例えば『空母いぶき』の宮古島の場面で、最大の劇的効果を狙ってネームを作ると、スタッフが「先生、この背景だと、ここはビルです」と言ってくる(笑)。修整すると画面構成が崩壊するので何とか説得すると「‥‥しょうがないですね。今回は解りました」と。もう、毎回そんな感じです(笑)。

 

三田: 凄いこだわりと、リアルさの追求ですね。あの数々の名作軍事漫画は、そんなスタッフの皆さんに支えられているのですね。でも、そんなスタッフの姿勢は、ある意味、親方棟梁である、かわぐち先生の鏡移しの姿なのでは、とも思います。

かわぐち: そうなのかな。そう言えば、劇的効果重視する余り、昔『アクター』という作品で鴨川の流れを逆に描いて読者から、きつい抗議を受けたな(笑)。でも、あの場面なら、絶対、逆にした方が印象深い絵になるんだよなぁ。

三田: ほら、凄いこだわってるじゃないですか(笑)。

三田さんが描く顔は「怖い」!?

かわぐち: でも、私は三田さんの作品にも凄いこだわりを感じますよ。三田さんの描く「悪い事を考えている時の顔」。あれは劇画表現の最たるもので、非常に良くて、非常に「怖い」です。

例えば、手塚治虫さんの描く日本刀は「怖くない」。あれは漫画の記号なので。でも、井上雄彦さんの『バカボンド』に出てくる日本刀は「怖い」。三田さんの描かれる「顔」も同じで「怖い」。私は、これが劇画表現だと思うんです。

(C)三田紀房

三田: 私は「人間は嘘を付く」って事を描きたくて、もっと言えば「嘘を付き続ける事を強いられる苦悩」を描きたいんです。いわば「良心」対「嘘」の苛烈な闘い、精神のせめぎ合いです。そして「嘘」は、どうしても顔に出てしまうので、私は、そんな追い込まれた時の「人間の顔」が好きなんです。

かわぐち: その「怖さ」の裏には「悲しさ」も隠れているように感じるな。

三田: 作中で戦艦「大和」建造派の筆頭である平山造船中将の顔には、実は「大和」を造る不安も含まれています。でも彼は、その不安を顔に出す事は、決して許されないんです。誰にも弱さを見せられない。皆を導き、決断を下さねばならないトップリーダーの孤独ですね。

『空母いぶき』の中でも、登場人物が過酷な決断を何度も迫られますが、そんなシーンに登場する、かわぐち先生のキャラクターもやっぱり怖くて魅力的で、とても惹き付けられます。

かわぐち: 想いを込めて描いたキャラクターの表情と感情がしっかりと読む人に伝わるのは本当に嬉しい。漫画には小説や映画など、他のエンターテイメント作品にない強さがあって、それが「絵」なんだよね。この「絵」好きだな、って言って貰えた瞬間、漫画家と読者は「絵」でダイレクトに繋がる。これが「漫画」の強さ。

三田: そうですね、私は漫画は現実逃避の場であって欲しいと思っています。過酷な難題に翻弄される主人公が、必死に足掻いて回答へと辿り着こうとする。読む人は、そんな主人公に自分を重ねる。「櫂少佐、頑張れ」って言っていただけたら、とても嬉しい。