日本は兵器開発の最前線にいなければダメ~戦争漫画家が語る国防論

“戦える”のに“戦わない”が理想だが…
かわぐち かいじ, 三田 紀房

職人気質な日本の歴史

三田: 大航海時代の話ですが、ポルトガル人が日本にやってきた時、種子島時堯は2挺の鉄砲を買うのに2000両、現代で換算するなら2600億円の巨費を払ったんですよ。驚いたポルトガル人が、こりゃ儲けになる、と数年後に船一杯に鉄砲を積んで売りに来たら、もう大量生産して日本中に溢れてたという(笑)。

買った2挺の内、1挺を分解、完全コピーして技術を習得し、さらに改良まで加える。新技術に対する貪欲な姿勢は数百年前から全然、変わっていませんね。

かわぐち: 日本が兵器開発をリードできたのは、その日本人の追究する姿勢の賜物だよね。今の日本で軍事・兵器を語る事に抵抗を感じる人も多いと思うけど、兵器が発達していく最前線に日本はいないと、私は駄目だと思う。国力が下がってしまうよ。

ただ核兵器だけは、壊す必要のないものまで破壊し、一般市民をも巻き込んでしまう最悪の兵器なので絶対に持つべきではない。

三田: 今の時代は軍事目標のみをピンポイントで破壊する核とは違うスマート(賢い)な精密誘導兵器が求められてますよね。

かわぐち: その通り。各種先端技術、コンピューター、IT分野で世界トップクラスの能力を誇る日本なら、核兵器による偽りの「核の平和」に終止符を打つ、革新的なスマート兵器による抑止力、核兵器のない世界平和の時代が創れると私は信じてますよ。

 

戊辰戦争の因縁!?

かわぐち: 『兵馬の旗』って漫画を描いた時、思ったんだけど、太平洋戦争時の日本陸海軍の軍人って、明治維新の戊辰戦争で負けた賊軍側の意趣返しだよね。

三田: 確かに、山本五十六は賊軍として長らく汚名を被っていた越後長岡藩(新潟県長岡市)の出身だし、満州事変の立役者・石原莞爾は出羽国米沢藩(山形県)、連合艦隊司令長官、海軍大臣、内閣総理大臣を務めた米内光政は陸奥国仙台藩(岩手県)の出身ですね。

かわぐちかいじ氏

かわぐち: そうそう。彼らが台頭する原動力の中には、「陸の長州、海の薩摩」と称された明治維新の中核となった雄藩優先の軍人人事への不満があると思う。

陸軍では長州出身者が、海軍では薩摩出身者が優遇され、賊軍と称された北陸・東北地方者は能力があっても出世は叶わない時代が長らく続いた。この状況を打破する事こそ、北陸・東北地方軍人の悲願ではなかったかと。

三田: 昭和東北大飢饉(昭和5から9年にかけて発生した冷害飢饉)の窮乏で、東北地方などでは欠食児童や娘の身売りが大量発生する中、政府は何ら救済措置を執る事も無く、半ば放置していたのには、薩長土肥(薩摩藩、長州藩、土佐藩、肥前藩)出身者の「奴等は“賊軍”だ」って思いがあったと言われてますね。

かわぐち: 昭和11年に起きた軍事クーデター、2.26事件の根底には、昭和東北大飢饉の政府対応への不信感もあったでしょうね。

三田: でも、彼ら北陸・東北出身軍人の悲願・薩長閥打倒がようやく成された時に、太平洋戦争が起き、日本が大敗する事となるのは、何とも皮肉な話です。

かわぐち: 戦後、もう男には任せられないと女性が声を挙げ、結果、日本は戦争が出来ない国になった。これは、ある意味、大変、良かったと思う。でも私は、戦争を起こさないと“救えないもの”もあると思う。そして、戦争は“出来る”けど、決して自分からは“しない”。この姿勢こそが真に大事なのではないか、と思うんです。

三田: “戦える”のに“戦わない”のと、“戦えない”ので“戦わない”は全く違いますよね。