17LDK茶室つき!目下の悩みは「家が広すぎること」

東京・大阪「大豪邸」の主に話を聞いた
週刊現代 プロフィール

水道代が大変なことに

東京・中野区の500坪の土地に住む杉森律夫氏(仮名)が嘆く。

「110年前から代々この土地に住んできました。元は農家でしたが、現在は切り売りした土地を活用して、マンション経営や不動産管理業で資金を貯め、この家を『死守』してきました。でも、私も年だしいつまでこの家を維持できるか……」

既に70歳を過ぎ、ビジネスの最前線からはリタイア。老いての一人暮らしを送る杉森氏に、この500坪の豪邸を維持するのは極めて荷が重い。

一番苦労しているのが、掃除や庭の手入れだ。

「母屋は100坪あるので、全部綺麗にするには2時間はかかります。あちこちから親戚が集まる前や年末の大掃除の際は本当に骨が折れる」

杉森氏の豪邸の敷地内には、もともとは大量の木が生い茂っていたが、「剪定のほか、維持にかかる費用が毎年300万円にものぼった」という。

莫大な出費を続けていくわけにもいかず、やむなくすべて伐採。自分で手入れができるだろうと考え、芝生に植え替えてもらった。

ところが、これが思わぬ苦労を招く。

「芝生というのは想像以上に手間がかかるもので、成長が早い5月から10月の間には2週間に1度は機械で刈り揃え、栄養を奪う雑草も抜かなければいけません。しかも毎日水をやらなければ傷んでしまいますが、端から端まできちんとやれば2時間でも追いつかない。

一度に撒くと土を傷めるので、染み込むのを待って、少しずつ場所を変えなくてはいけないから、気が遠くなる作業です。特に、真夏の水道代は冬に比べて2倍になる。負担もバカになりません。

しかも春先の3月末には、造園屋さんに頼んで、状態を見てもらったり、特別な肥料を撒いてもらったりしなくてはいけないので、余計に手間もお金もかかるんです」

杉森氏の多大な苦労によって維持されている芝生の外庭とは別に、邸内には中庭もあり、大きな池がある。現在、池に泳ぐ鯉は4匹ほどだが、つい数年前までは杉森氏が手塩にかけて育てた100匹以上が泳いでいた。

「池のすぐ近くに水を循環させるためのポンプがあるのですが、ある日庭に雷が落ちて、電源が落ちてしまったんです。そしたら、翌朝酸欠になったのか、100匹いた鯉が一晩でほとんど死んでしまった。

昨日まで元気に泳いでいた100匹が、仰向けになって水面にプカプカと浮いている。もう、不憫なのと薄気味悪いので、目もあてられませんでした。

とりあえず、自治体が回収に来てくれるまで、死骸をビニール袋に入れて保存しておいたのですが、なにせ夏の出来事だったので、生臭い匂いがものすごい。本当に地獄のような数日間を過ごしました」

この時に生き残った4匹の鯉が現在も存命というわけだが、他にも、杉森氏の庭には大小あわせて20匹ほどの亀が生息し、自然繁殖で数を増やしているという。

「あるとき道路に子亀が出てしまったことがあって、近所の子供が届けに来てくれました。本当だったら、手入れをする余裕もないので池も潰してしまいたい。でも、悠々と泳ぐ鯉の姿や、子亀を背中に乗せてちょこちょこと歩く親亀の愛らしい姿を見ると、棲家を奪うのが不憫になってしまい、なかなか潰せません」

固定資産税が500万円超

杉森氏は先祖代々の豪邸を維持することに全力を注ぎ、倹約な生活を送っている。

「親の代まで農家だったので、無駄遣いはするなと言われて育ちました。だから、ダイレクトメールやチラシの裏が白かったらメモ用紙として使ったりしています。

『大きな家に住んでいるから豪華な生活をしているんでしょ』と言われるのですが、服はユニクロばかりだし、外食はファミレスや回転寿司がせいぜい。一般の家庭よりよっぽど節約しているかもしれない。

私も含め、代々その土地に住む人というのは、固定資産税や家の維持費を捻出するので精一杯。テレビドラマのような豪華な生活を送れている人のほうが少数だと思います」

杉森氏は毎年500万円を超える固定資産税を支払っているという。

「土地も芝生にした部分は何も使っていないので、税金を払うために土地を持ち続けているようなものです。それでも先祖のことを考えると手放すわけにはいきませんが……」

再び西を訪れてみよう。東大阪市善根寺町。昭和期の思想家・安岡正篤の旧邸の近くを歩くと、広大な林に覆われた森のような一帯に出くわす。

周囲をぐるりと瓦の載った塀で囲われていることで、そこが邸宅であることはかろうじて分かるものの、背の高い木々がみっしりと丈を競い、中の様子はまったく窺い知れない。

少なく見積もっても1500坪はある大豪邸。周囲を一周すると、重厚感をたたえた正門がある。そばに立つ2本の石柱と合わせるとまるでどこかの山寺のような風格がある。
この家の主が、今回唯一、実名での取材に応じてくれた70代の会社役員・向井竹利氏だ。

「代々伝わる古文書などで遡ると、私の家は少なくとも17世紀・元禄時代からこの一帯の庄屋として続く家系で、私でだいたい15代目になります」

東大阪市内で最古の民家だという向井氏の邸宅は、市の民俗文化財に指定されている。敷地内にはこの母屋の他に、蔵などを含めて4つの建物があり、池も2つ。母屋には茶室も備えるという。

「昔はお手伝いさんも2~3人いましたが、今は僕が管理や手入れをしています。母屋は建物が老朽化しているので、私は敷地内にある別の住宅に暮らしています」