遠藤憲一、大杉漣、田口トモロヲ、寺島進、松重豊、光石研――6人の名脇役が主演として、本人役を演じる話題のドラマ『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』(テレビ東京系)。
このドラマは、本当にいくつもの面で、視聴者の心を掴み続けて離さなかった。
シェアハウスで暮らすおじさまたちの関係性に萌える人もいれば、本編後の飲みながらのトークを楽しみにする人もいる。メタ的なストーリーを楽しみにする人もいれば、意外な&期待通りのゲストが発表され出演する姿に一喜一憂した人もいるかもしれない。
そんなドラマが3月31日深夜、ついに最終回を迎える――。
『バイプレイヤーズ』とはいったい何だったのか? どのようにしてできたのか? 裏テーマとは? メイン監督と脚本を務めた松居大悟が綴る「バイプレイヤーと駆け抜けた3ヵ月」。
誤解を恐れずに言えば、いかにして自分の建前を捨てて、本能に忠実であり続けるか。
自分にとっても連ドラをメインでやるのが初めてで、しかもこの6人と作品を作ることのプレッシャーと喜びに溢れていて、肩に力が入って空回りばかりでした。
台本の時点から様々な条件から引っくり返されることの連続で、何度も何度も振り出しに戻りながら、会議室に向かうエレベーターの中で逃げ出しそうになりながら、それでも仕事できる嬉しさのエネルギーで、脚本家プロデューサー陣で戦い抜きました。
そうして作った傷だらけの台本から、あれもしてほしい、こう切り取りたい、と膨らませて机の上で何度も妄想を繰り返して。
しかし、そんな自分たちの準備なんて容易く捨てなければいけないぐらい、6人のバイプレイヤーズの皆さまは、現場で生き生きと、台本を遥かに超えてくるのです。
そのため、自分が10ヵ月かけて準備したものをその瞬間に捨てて、10秒以内に判断しなければいけない。その連続。その判断からまた新しい芝居が生まれる。頭が沸騰しそうな撮影期間でした。
でも、ブレたらいけないのは、自分の中の「どんな6人が見たいか」ということ。
どんなに現場の面白さに引っ張られても、ドラマを楽しみにしている方々と同じように抱える6人への思いだけは、捨てないように作っていました。
じゃないと誰とも仕事がしたことがなく、二回り下の自分が監督で呼ばれた意味がないんじゃないか、と。
常に自信を持って、プライドは持たないようにしていました。特に自分は、10代の若い俳優と作品を作ることが多かったので、読めない芝居や反射神経については対応できると思っていたのですが、その密度のレベルが違ったのです。