ロンドンテロ事件が盛り上がらなかった「納得の理由」

ISは弱体化しているのかもしれない
末近 浩太 プロフィール

犯人はどんな人物だったか

むろん、今回のロンドンでのテロ事件の背後関係については未だ不明な点が多く、今後捜査の進展が待たれるところである。

現時点では、犯人とISとの組織的なつながりを裏付ける証拠は出てきておらず、また、車とナイフというプリミティヴ(原始的)な方法――ニースやベルリンの事件と同様に――を用いたことからも、ローンウルフ(一匹狼)による犯行である可能性が高いとされている。

だが、それゆえに、通り魔なのか、イスラーム過激派なのか、犯行の動機がなかなか見えてこない。

ウェストミンスターで射殺された男の名前はハリド・マスード。52歳。英国南東部ケント州ダートフォード生まれ。出生時の名前はエイドリアン・ラッセル・アジャオであり、後に改名した。母親はキリスト教徒だった。

19歳だった1983年に器物損壊で有罪判決、その後も暴行致傷や武器の所持、公の秩序を乱した罪などを重ねた。英国の各地を転々としながら、2000年には、パブで口論となった相手の顔を刃物で切り付けた罪で、禁錮2年の刑に服した。当時は、エイドリアン・エルムズという名前を使っていた。

2005〜8年には、延べ2年間ほど英語教師としてサウジアラビアに滞在していた。その後は、ロンドン北部郊外のルートンで英語教師を続け、近年はウェストミッドランド州バーミンガムで家族と暮らしていたという。バーミンガムでは、テロ組織への関与の疑いで家宅捜索を受けたこともあったが、嫌疑不十分で起訴はされなかった。

改名後のハリド・マスードは、明らかにムスリムの名前である。彼が改宗したのは2003年の出所後であったとされるが、サウジアラビアはもちろんのこと、ルートンもバーミンガムも英国有数の巨大なムスリム・コミュニティを擁する土地である。

ルートンには、筆者も1990年代に4ヵ月ほど滞在経験があるが、南アジア系のムスリムが集住する都市として知られていた。2005年の同時爆破テロ事件の実行犯たちは、ルートンからロンドンへと「出撃」していった。バーミンガムは、過激派組織アル=カーイダのプロパガンダ機関の所在地でもあった。

つまり、状況証拠的には、マスードは、単なる通り魔ではなく、イスラーム過激派の思想に感化され、今回の犯行におよんだものと見ることも可能である。だが、英国の当局には、そうした予断は見られない。

開かれたロンドン

テロの背景にはやはりイスラームという宗教があった――。

こうした憶測や見方が浮上するたびに、ムスリムたちは言われなき差別や偏見に怯えてきた。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以来、幾度となく繰り返されてきたことである。ムスリムは、こうした「風評被害」に非常に神経質になっている。

イスラームに熱心な者ならば、自身が奉じる宗教を貶めるような行為をしない、と考えるのが合理的であろう。

だが、イスラーム過激派の目的は、非ムスリムとムスリムのあいだの憎悪と暴力を煽ることにある。彼らは、テロを起こせばイスラームという宗教に憎悪が向けられ、ムスリムたちの神経を逆撫でするのを熟知している。