ロンドンテロ事件が盛り上がらなかった「納得の理由」

ISは弱体化しているのかもしれない
末近 浩太 プロフィール

ISの苦し紛れの「犯行声明」

「ロンドンの英国議会前での昨日の攻撃の実行者は『イスラーム国』の兵士であり、有志連合諸国の国民を標的にせよとの呼びかけに応じて作戦を実行した。」

過激派組織「イスラーム国(IS)」のプロパガンダ機関「アアマーク通信」は、事件の翌日にこのような「犯行声明」をアラビア語、英語、フランス語で発表した。一昨年、あるいは昨年であれば、マスメディアはこれを「ISによるテロ」と断じるかたちで報じたかもしれない。

しかし、実際には、この真贋を問わずに「犯行声明」と断定する報道はほとんどなかった。ISによる一方的な「主張」や「事実上の犯行声明」といった文言によって、その信憑性に留保がつけられていた。

その背景には、ISによるテロの「認定制度」のからくりが周知されてきたことがあるだろう。2016年の欧州でのテロ事件では、ISの思想に共感した者たちが起こす自発的なテロを、事後的にIS本体が認定するというパターンが繰り返されてきた(拙稿「ダッカ、ニース、ミュンヘン…『過激な通り魔』を安易に『ISのテロ』と認定することほど危険なことはない」)。

ISと組織的ないしは人的なつながりがない(ないしは薄い)にもかかわらず、世界各地のテロリストが「イスラーム国の兵士」であるかのように見せかけるISのプロパガンダの「からくり」は、既に見破られているのである。

また、イラクとシリアで活動しているISの本体が昨年(2016年)末からの大規模な掃討作戦によって弱体化していることの影響もあるだろう。この軍事的・政治的劣勢のなかで、いっそう欧米諸国への憎悪を募らせる潜在的なテロリストは世界中に存在している。

だが、弱体化の様相を見せているISが組織的に欧州でテロを実行するというシナリオがかつてほどの説得力を失いつつあることは否定できない。

つまり、ISが事後的に「犯行声明」を出したとしても、その能力に疑いがある以上、額面通りには受け取られにくくなっているのである。

英国人ならではの諦観?

とはいえ、実際には、英国が狙われるのは時間の問題であった。

英国は、米国とともに「大義なき戦争」と言われた2003年のイラク戦争を強行し、今日の中東の混乱や過激派台頭の素地をつくった国の1つである。さらに遡れば、現在の中東諸国の国境線の画定と植民地支配に大きく関わった国でもある。

そのために、過激派から主要なターゲットとして繰り返し名指しされてきた。

こうしたなかで、英国の当局は――とりわけ、2005年の同時爆破テロ事件以来――、監視カメラの設置、武装警官の配置、危険人物に対する監視や尋問などのテロの予防に注力してきた。

英国情報局保安部(MI5)のテロ警戒レベルは、2014年8月以来、5段階中、上から2番目の「深刻:攻撃の可能性は非常に高い」に設定されており、治安当局は、実際に2013年以降13件ものテロを未然に防いできたという。

しかし、いや、だからこそ、英国は、テロが起こってしまった際の対策を入念に行ってきた。それは、一言で表すならば、「慎重さ」であり、ISのような過激派の「からくり」に惑わされない冷静な姿勢である。

もしかしたら、こうした「慎重さ」の源は英国人のシニカルな気質にあるのかもしれないが、筆者のロンドン滞在中(2015〜16年)に何人かの関係者から聞いたのが、「ロンドンでテロが起こるのはもはや確実だ。起こってしまったときは、どうか騒がないでくれ、あまり責めないでくれ」という言葉であった。

これは諦観のようにも聞こえるが、必要以上に騒ぎ立てたり、事件の一部始終を映像や画像コンテンツにして発信することでさらなるテロを誘発しないようにするメッセージでもあった。スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)も、あらかじめメディア向けに同様のレクチャーをしていたという。

確かに、地下鉄レイトンストーン駅での殺傷事件(2015年12月5日)や市内中心部ラッセル・スクウェアでの刺殺事件(2016年8月4日)の犯人がムスリムであっても、当局はそのことを強調したりすることもなく、できる限り「通常」の傷害ないしは殺人事件と位置づけてきた。

マスメディアの側も、一部のタブロイド紙を除けば、ISやムスリムによる「最終戦争」かのように煽り立てる報道は皆無であった。