南スーダン自衛隊撤退ではっきりした日本の安保の「超重大な欠陥」

国際社会にバレたら一大事!?
伊勢崎 賢治 プロフィール

通常、軍隊で想定される犯罪は、大きく言って二つあります。

一つが「統制犯罪」。

軍隊も一つの官僚組織ですから、それ相当の内規があります。そこで定める服務の違反や組織の名誉を傷つける行為。まあ普通はその内規に沿っての懲戒処分ですが、任務の外で例えば窃盗や殺人を犯せば刑罰を喰らうわけです。これは日本でも現行の自衛隊法、そして刑法で対応できます。

問題は、もう一つの「軍事犯罪」です。任務中における市民への人権侵害や、国際人道法の違反、つまり戦争犯罪です。

例えば、一般の刑法でも、殺人は重犯罪です。そして、破壊行為の中でも放火などは死刑になりうる罪です。軍隊というのは、いわば、そういう殺傷、破壊の技術を日々訓練し、そういう能力に非常に長けた職能集団ですから、被害も通常以上に甚大になるはずで、だからこそ一層重い厳罰を課すのは当然です。

しかし、それが「命令行動」の一環で、それを誠実に履行したものであるのなら、どんなに甚大な被害でも、その刑事性が勘案されるというのが、一般法と軍法が違う大きなポイントです。

日本と同様の十字架を背負い戦後復興したドイツには、常設の軍事裁判所がありません。しかし、「軍事犯罪」を裁く軍刑法があり、事案発生に応じて通常の裁判所で運用します。

そのドイツ軍が、僕がその黎明期に関わったアフガニスタンでのテロとの戦いで、2009年、重大な事故を引き起こしました。これが、上記論文で詳述されている「クンドゥーズ事件」です。

詳細は同論文(第二章/第三節)に譲りますが、あるドイツ人将校の軍事的な判断でNATO軍の戦闘機が民間車を誤爆、なんと102人のアフガン市民が犠牲になったのです。

これは第二次世界大戦以来のドイツ軍が犯した重大な戦争犯罪として、まずドイツ国内で大騒ぎになりました。

 

ドイツ検察は、約1年間かけて捜査し、事件当時の現場の緊張した状況に照らし合わせれば(だから”日報”の作成と保管は必要なのです!)、限られた情報収集の中で敵への爆撃の判断を下すことは止むを得ず、後になって市民がいたことがわかっても、その将校と部下たちの判断は軍事的には合理的であり、国際人道法にも、ドイツ刑法にも違反しないと、不起訴にしました。

結果、ドイツ政府は被害者の遺族にたいして、空爆の法的責任は認めず、手厚い弔意金を支給したのです。

単に、金で解決した、のではありません。ドイツは、国家が犯した犯罪に、(たとえそれが不起訴でも)法治国家として法的な責任の所在を明らかにしながら、国家として説明責任を果たしたのです。

日本には、その説明責任を生む法体系がありません。あるのは、「統制犯罪」を扱う自衛隊法と、日本人が海外で犯す「過失」は扱えない(国外犯規定)刑法だけです。

日本は遅ればせながらジュネーブ諸条約追加議定書に加盟した2004年に、慌てて「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」という国内法をつくりました。しかしこの中身は、文化財の破壊や捕虜の輸送を妨害するなど、はっきり言って、どうでもいい罪への処罰だけで、肝心の殺傷を生む罪に関するものが一切ないのです。なぜなら、自衛隊がいるところでは「戦闘」は起き得ないからです。

(ドイツのクンドゥーズ事件と対照的に、イラクでアメリカ政府が雇った「民間軍事(傭兵)会社ブラックウォーター社」が17人の一般市民を殺戮した軍事犯罪事件で、地位協定により現地政府に裁判権がないだけなく、正規軍じゃないので米軍法が適応できず、地球上にそれを裁く法がないという「法の空白」を引き起こした2007年の「血の日曜日事件」は、自衛隊の法的な問題が見越すべき先行事例と言えます。詳しくは、同論文第一章/第一節/第二項、もしくは、「自衛隊を活かす会」シンポジウム「戦場における自衛官の法的地位を考える」で僕の発言を参照あれ。http://kenpou-jieitai.jp/symposium_20160422.html

これは憲法の問題だ

「私は自衛隊の最高司令官」、「すべての責任は私にある」というのは首相、そして防衛大臣の言葉です。言うのは簡単です。でも、最高司令官としての彼らの法的な責任を立証し、国内外に説明責任を果たす法体系を、日本は持ち合わせていないのです。

一方で、国際人道法違反=戦争犯罪に一番敏感にならなければならない平和憲法の国の国民が、自らが戦争犯罪を犯す可能性に備えがないことに疑問さえ抱かないのは、なぜか。

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