トランプとアメコミの世界観は、背筋が凍るほどよく似ている

もしかしてバットマン気分?
川崎 大助 プロフィール

就任演説の「悪夢」

まずは、この事実からお伝えしたい。

日本ではあまり知られていないようなのだが、クリストファー・ノーラン監督のバットマン三部作の最終作『ダークナイト・ライジング』(2012年)では、ニューヨークのトランプ・タワーにて撮影がおこなわれていた。

同タワーのエントランスが、ブルース・ウェインの所有する「ウェイン・エンタープライズ」本社ビルに見立てられたシーンがあるのだ。

クリスチャン・ベール演じるブルースが、役員会の裏切りにあったあと、若い警官役のジョセフ・ゴードン=レヴィットとビルの前で並んで会話するショットを、ご記憶のかたもいらっしゃるだろう。あれが、じつは、トランプ・タワーの真ん前だった。

そしてトランプ本人もやはりツイッター(!)で、この撮影がおこなわれたことを、大いに自慢していた。

2012年7月10日のツイートにはこうある。

「みんな、『ダークナイト・ライジング』のなかで、トランプ・タワーの外装がどんな具合にウェイン・エンタープライズになってるんだろう、なんて話してるみたいだけど……これホントね」

このウキウキ口調が癇に障ったのか、人々はすかさずこのツイートに噛み付いた。

「んなことだれも話してねーよアスホール」

「だからあんたは、自分自身が現実世界のバットマンだとでも言いたいのか?」

といったもろもろが、ツイッターの機能上、いまもネット上には残っているのだが……このとき果敢にもトランプに立ち向かっていった人々は、あの奇怪な就任式の一部始終をどんな気持ちで見ていたのだろうか、と僕は思う。

なぜならば、これはよく指摘される事実なのだが、なんとトランプ大統領は就任演説のなかで、『ダークナイト・ライジング』の悪漢・ベインの演説の一部を「引用していた」からだ。

悪漢・ベイン。後で述べるように偏狭な思想を持つ人々に崇拝されているキャラクターだ〔PHOTO〕gettyimages

大統領が「アメコミ映画の悪漢」の口真似を、就任演説でやったのだ! 正気ではない。これを「悪夢」と呼ばずに、なんと表すればいいのか……。 

その文言とは、トランプの演説のこのパートだ。

「Today, we are not merely transferring power from one administration to another, or from one party to another ― but we are transferring power from Washington, DC, and giving it back to you, the people

ここの「giving it back to you, the people」の下りが、劇中のベインの演説を想起させる、として騒がれた。ベインの該当部分は、こんな内容だった。

「We take Gotham from the corrupt! The rich! The oppressors of generations who have kept you down with myths of opportunity, and we give it back to you, the people

フレーズそのものの直接的類似は一箇所だが、それを「たまたま」と考えるには、全編の文脈が「同じ」に過ぎる。

 

さらにはここの「喋りかた」まで、トランプのそれはベインに酷似している。だからこのフレーズは「わざと」ベインに似せたのではないか、としてアメリカでは騒ぎになった。深刻な騒ぎに。

どうも日本ではこの話題、右から左へと、素朴で陳腐なお笑いネタとして消費されてしまったきらいがあるのだが、アメリカにおいては、そうではなかった。

なぜならばこれは、大統領が「コミック映画の真似をした」から幼稚でおかしいね、という程度の話、ではないからだ。

真っ黒な、戦慄すべき「事件」だったからだ。